2013年7月13日土曜日

レトリックの歴史

レトリック・・・。その目的は人を説得し、人を動かすこと。レトリックの重要性はギリシアにおいて専門知の限界を示していると認識されていたようです。いかに専門知が発達し、事物に関する認識を深めようとも、それだけでは人々に受け容れられない。受け容れられるようにするには何が必要なのか?それがレトリックであると認識されていたみたいですね。

人を説得するには、ただ内容の正しさだけを考えていてはいけません。アリストテレスはレトリックを考える際に、「語り手」「内容」「聞き手」の3要素を考慮することが重要であると考えていたようです。「語り手」に関して重要なのはエートス(人柄)。話が相手に届くためには、聞き手に対して語り手が信頼できる人間であると認識してもらう必要があります。一方で「聞き手」に関して考慮すべきは、聞き手のパトス(情念)であるとのこと。今の言葉でいえば、相手の心理状態といってもいいかもしれませんね。相手の心理状態を意識したメッセージを発しないと行けません。アリスト君は相手の情念にもっとも効果的に作用する手段がユーモアであると考えていたようです。そして「内容」ですが、これのポイントはロジカルということですね。支離滅裂でストーリー不明の話ほど聞いていてストレスの高い話はありません。だからこそ論証や論理というものが大事であるわけですね。


レトリックで重要視されているのが弁論。そしてこの弁論には5つの要素があるとされています。①発想、②配置、③修辞、④記憶、⑤発表がそれです。いわゆる弁論を作り上げる過程といってもいいかもしれません。


弁論の5要素の①発想。コレは、どのような視点や戦略のもとで語るかという、いわば全体構想みたいなもの。②の配置は、弁論の構成のことですね。起承転結とか結論・理由・結びみたいな説明の構成です。そして③の修辞。これは弁論、説明における装飾にあたるものです。比喩や隠喩などが装飾に該当するでしょうが、そもそもこれは歴史を始めとする様々な情報を持っていないと成り立ちませんね(苦笑)。それから④の記憶。話す内容を記憶していないと、相手の前で効果的に話すことは難しい・・・。この記憶をサポートするために考案された技がいわゆる記憶術ですね。記憶術を単なる暗記術と侮っては行けません。これは17世紀まで影響力を持ち続けた奥の深い深い技です。そして最後の⑤発表。これは今の我々の言葉でいえばプレゼンテーションでしょうか?


キケロが生きていた時代では、哲学に関する教養に裏打ちされた弁論が豊かな弁論と認識されていたようですね。それから、哲学と合わせて重要視されていたのが歴史!ただ、この時代の歴史というのは科学的に論証された過去の事実としての歴史ではなく、「教訓の宝庫」としての歴史ですね。歴史から教訓を引き出し、弁論を装飾する・・・レトリック上外せない教養だったようです。


レトリックは発表というフェーズにおいては、視線、声、表情、ジェスチャーと関係することになります。キケロによれば、役者の芸というものはもともとレトリックから派生したものなんだそうです。ですからキケロは、弁論を行う人間は役者から発表について学ぶことが大事であると思っていたようですね。キケロ自身、ロスキウスというローマの俳優の演技について何度も言及しています。レトリックは哲学や歴史といった学問的な教養だけでなく、演劇的な動作や声、表情のつくりかたと言った、いわば身体的な知とも深く関係しているわけですね。


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