2012年8月17日金曜日

A cat is not a dog/猫は犬に在らず





本日は奥様の誕生日ということで、二人で一緒にCATSを観てきました。
もともと、僕は仕事がどうなるか分からなかったので、お休みの予定を
入れていませんでした。嫁さんは誕生日CATSを予め計画していましたが(笑)。

よって、僕は昨日急遽チケットを手配したため、嫁さんとは違う席に
適当に座って観劇することに・・・。


僕自身、3週連続でのCATS観劇なのですが、
先週からグリザベラを鈴木ほのかさんが演じられています。
そして、この方、凄まじくグリザベラを演じるのが上手い!!!
もちろん歌も上手なんですけど、それ以上にグリザベラとしての表情や
立ち振る舞いが上手いのです。
グリザベラが最後に歌うメモリーから天上への昇天、カーテンコールまで
久しぶりにウルウルしました(笑)。

今日は鈴木さんが演じるグリザベラを通して感じた
CATS理解をしたためておこうかと思ってエントリーをしています。

テーマはエントリーのタイトルに書いた「猫は犬に在らず」です。

多くのジェリクルはなぜグリザベラに頭を垂れ、
自ずとデュトロノミーのところへ彼女を導いて行ったのか?

もともと、CATSの世界は、年に一度のお祭りをジェリクル達が楽しみ、
最後にデュトロノミーが一匹の猫を選び出す、というのが基本シナリオです。

それが、最後に狂うわけですよね?
だって、デュトロノミーは数多の猫達の中から
グリザベラを指名したわけじゃないもん。

ジェリクル達が勝手に、「昇れ、天上へ!光浴びて行くのだ!」と
グリザベラに道を譲っていくわけです。

ここにはCATSを解読する一つのヒントが隠されていると僕は思います。

グリザベラとはなんなのか?ジェリクルとはどのような猫なのか?
そもそも猫ってなんなのか?
という問いを考えるヒントが・・・。

このヒント、CATSで歌われる歌の歌詞から考えてみたいなーと。


まず、ジェリクルキャッツとはどのような猫なのか?というところから。
ジェリクルキャッツとは、人間に飼いならされることを拒否して
逆境に負けずしたたかに生き抜き自らの人生を謳歌する強靭な思想と
無限の可能性と行動力を持つ猫です。

哲学者ニーチェの言葉をもじれば超人ならぬ超猫みたいな存在、
それがジェリクルキャッツですね。

そのような猫を1匹だけ選べるのがオールド・デュトロノミーという
賢者&リーダー的立ち位置の猫です。
そしてこの猫がこんなことを言います。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

幸せの姿、つかの間に消える 
永遠(とわ)の幸せ望むなら、心に深く求めるのだ
そしてついに思い出をたどって甦り
新しいかたちで生まれ変わった命こそ
本当の幸せの姿なのだ
もう永遠に変わらず永遠に消えない


ムーンライト仰ぎ見て月を
思い出を辿り歩いてゆけば
出会えるわ幸せの姿に新しい命に

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

新しいジェリクルの生命を授けられるただ一匹の猫・・・。
その条件らしきものがここでは示されています。
でも、非常にメタフォリックで一意にコレが正解とはいいづらい。

ただ、グリザベラはこのメッセージを他の猫から離れたところで
ひとり寂しそうに聞いている。そしてメッセージを聞き終えた後で、
何かを胸に秘めながら消えていきます。
※2幕最初のワンシーンで、このときグリザベラは
舞台下手の2階にひっそりとたたずんでいるので、
舞台を観てるとグリザベラの動きは全くわかりませんので注意!

そしてラストのシーン。
グリザベラが勇気を振り絞って慟哭のようにメモリーを歌います。
途中、心が折れてしまい、その場にしゃがみ込んでしまうのですが、
今日グリザベラを演じた鈴木ほのかさんはここの仕草が凄まじかった!!!

絶望と悲しみにウチひしがれ、その場に崩れ落ちつつも
前を向き、両手は地べたを這いずり回しながら、
それでも前に進もうとするかのような仕草。

そこに手を差し伸べるかのようなシラバブによる天使の声・・・。
折れた心を立て直し、グリザベラは明日へ向かって歌い切ります。
そして、ひっそりと舞台を去ろうとする・・・。

そう、ここだ!ここのシーンにこそ回答があるはずなのだ!
では、ここにあるものは一体なんなんでしょう?

僕には明確に「ジェリクル」そのものだという直観があります。
特に今日の鈴木さんのグリザベラを観てそう思わずにはいられませんでした。

CATSの世界ではジェリクルが天上に昇ります。
ジェリクル以外は天上に昇れません。
では、24匹の猫のうち、どの猫が一番ジェリクルの精神そのものだったか?

先にも書きましたが、ジェリクル・キャッツとは、

人間に飼いならされることを拒否して
逆境に負けずしたたかに生き抜き自らの人生を謳歌する強靭な思想と
無限の可能性と行動力を持つ猫です。

その精神を地で見せつけてくれたのが、
最後のグリザベラの姿ではないのでしょうか?


周りの猫達も、グリザベラに真のジェリクル魂を観たからこそ、
率先して手をとり、デュトロノミーのもとへ
いざなっていったのではないでしょうか?

だから、天上に昇ったグリザベラを観て

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ジェリクル集いて、喜びたたえよ!
永遠の生命に輝く、光り浴びる今宵・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

と歓喜したのではありませんか?



では、デュトロノミーは最後に観客とジェリクル達に
なにを学ばせたかったのでしょうか?
これももう明確ですねw。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いかがです皆さん、猫の生き方は
大いなる心持ち、誇り高く強く
生きているでしょう?もうお分かりのはず
とても似ているあなたと
とても似ているあの人と
とても似ている人間と
さぁ、猫にご挨拶を
忘れてはいけない、猫は犬に在らず
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


最後に、グリザベラ・・・。彼女は一体何者だったのでしょうか?
僕にはグリザベラはすべからく猫と人間が持つ受け容れがたい部分、
もっと言ってしまうとキリスト教で言うところの
「原罪」に相当する存在だと思いました。

だから、みな眼を背けるし、受け容れもしない・・・。

しかし、最後にグリザベラの勇気によって、残されたジェリクル達にも
明日への希望が紡がれる・・・夜が訪れ、やがて次の朝がやってくる。
生命の果てしないループが回り続ける・・・。

CATSは僕にとってそんな物語を暗示しているミュージカルに見えます。

みなさんにはどう映るんでしょうか?
よろしければお聞かせ願いませんでしょうか。



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