2012年5月20日日曜日

CATS観劇


つい先日、哀しいお知らせが・・・。
ミュージカル『CATS』が今年の11月11日をもって横浜から去ってしまうことが決まりました。いずれは来るであろうその日が決まると、なんとも寂しい感じがしますね。

ということで、あと6ヶ月少々、時間とお金の許す限り、『CATS』を観て、色々なことを考えようと思います。・・・ということで、まずは本日、1ヶ月半ぶりに観てまいりました、キャッツ。


久しぶりに観た(とは言っても間、1ヶ月半しか空いてませんけど・・・)『CATS』ですが、今日はいろいろと考えさせられることの多かった舞台となりました。

まず、本日の出演者です。

グリザベラ:早水小夜子
ジェリーロラム=グリドルボーン:朴 慶弥
ジェニエニドッツ:鈴木釉佳之
ランペルティーザ:山中由貴(○)
ディミータ:増本 藍
ボンバルリーナ:相原 萌(○)
シラバブ:江部麻由子
タントミール:原田真由子
ジェミマ:齋藤 舞(○)
ヴィクトリア:馬場美根子(○)
カッサンドラ:藤岡あや(○)
オールドデュトロノミー:米田 優
アスパラガス=グロールタイガー/バストファージョーンズ:橋元聖地
マンカストラップ:萩原隆匡
ラム・タム・タガー:荒川 務
ミストフェリーズ:岩崎晋也
マンゴジェリー:田中宣宗(○)
スキンブルシャンクス:劉 昌明
コリコパット:新庄真一
ランパスキャット:永野亮比己
カーバケッティ:齊藤太一
ギルバート:安江洋介
マキャヴィティ:安芸雅史
ンブルブルータス:松永隆志


2011年4月から本格的に『CATS』を鑑賞し始めて、約1年で鑑賞回数は40回を越えましたが、これまでは全ての回に”武藤寛”の名前がありました。僕にとっての武藤さんは連日休みなくパーフェクトなマンカストラップを演じ続ける鉄人でした。
※途中1回だけ、急遽マンゴジェリーとして出演していましたけど。

その武藤さんの名前がキャストから初めてなくなっていました。
これは正直、寂しかったですね〜。でも仕方ないですね・・・。
ここ1年、休み無しで演じ続けられていたので、少しゆっくりして頂き、また素敵な勇士を見せて頂きたいと思います。

その他、出演者のうち上記で(○)を付けた人が初めて見る方でした。
マンカストラップ役の荻原さんも2回目で、最近『CATS』にアサインされましたね。


『CATS』、キャストの半分くらいが新しい方になっているようです。
※中には、私が知らないだけで、昔から演じてた人が『CATS』の舞台に
戻ってきただけかもしれませんが。

でも、僕には『CATS』のキャストが次ぎのフェーズに向けて入れ替わってきているように感じました。次なる地で、新たな『CATS』を始めるべく新旧交代、もしくはベテランと若手を混ぜ合わせて後進育成を始めたのかのよう・・・。

舞台進行も、『CATS』の基本に忠実なスタンダード、ある意味原点回帰のような印象を受けた舞台でした。あくまで僕の印象ってだけですけどね。

しかし、この原点回帰したかのような舞台だからこそ『CATS』の魅力をこれまでとは違った意味で感じることができました。

これまでクドイほど書いてきた『CATS』の魅力ですが、改めて振り返ってみると僕には以下の5つになります。

1.音楽/歌
2.ダンス
3.照明
4.舞台と客席の一体感
5.創発される物語解釈


上記1は言うまでもなく、アンドリュー・ロイド・ウェバーが作った耳に残る、心躍る、心地よい珠玉の名曲の数々です。そして、それを歌う役者さんの声も魅力ですね。

2のダンスも言わずもがな。ジェニエニドッツとゴキブリ達のタップダンス、スキンブルシャンクスと仲間達で踊る愉快なダンス、ディミータとボンバルリーナが魅せるミステリアスなデュエットダンス、ミストフェリーズが魅せるマジカルダンスなどなど『CATS』は魅力的なダンスで溢れています。

そして3の照明。これも効果的に使われていますよね。
僕はオールドデュトロノミーが夜空を満点の星空に変えるときの照明や、グリザベラが天上に昇るときの照明が特に効果的だなーといつも感心します。

4についても誰も異論はないでしょう。他の舞台と違い、猫が頻繁に客席に降りてきますし、カーテンコール時には猫が観客と握手してくれる・・・。これはほんと舞台と客席を一体にしてくれますよね。

そして最後の5。僕にとってはある意味でコレが『CATS』最大の魅力と言ってもイイくらい。劇団四季の他の素晴らしい作品を差し置いて、ブッチギリのリピート鑑賞の原因がこの5番目の魅力なわけです。

他の作品ってそれなりにストーリーがハッキリしていて、作品のテーマや解釈が数回観れば大体決まってしまうのが普通です。しかし、僕にとって『CATS』という作品は、その他の優れた芸術作品がそうであるように、一つの解釈を受け付けない作品なんですね。
ある視点で解釈しようとすると、別な視点からは違う解釈ができる。同じ視点で解釈したとしても、より深くより広い解釈の可能性を残す・・・そんな作品なんですよね。
舞台を通してこちらが受け取るメッセージが、その日の舞台のキャスト、そしてキャスト達のコンディション、さらには観客の雰囲気、そして自分の感情や体調によって色々な印象を与えるメッセージ展開をしてくれる、まさにキャストと観客が創発して作っていくような物語解釈であるというのが僕にとっては凄く魅力的なんですね。

これはもともと『CATS』のストーリーがもの凄くメタフォリカルであるのが理由かもしれません。猫の視線から人間を観るという視線変更が行われていますし、登場する猫が24匹、それもみなそれぞれが主役のような位置づけですから、物語を解釈するときの固定的な視線を許さないような特徴もあります。

ちなみに、今日、僕の『CATS』に対するまなざしはマンカストラップとシラバブとグリザベラのトライアングルで物語を解釈しようとするまなざしでした。

シラバブの歌に導かれたグリザベラをマンカストラップが遮り、グリザベラが魂を振り絞り明日を掴むためのメモリーを歌う、こころ折れたグリザベラをシラバブが再度歌により導き、グリザベラが昨日との決別としてメモリーを歌う。大いなる心、誇り高く強い心、そして高貴なる悲しみをグリザベラにより見せられたマンカストラップは顔をあげていられなくなる。去ろうとするグリザベラを仲間達のもとに引き戻すシラバブ、そして天上へ昇れとオールドデュトロノミーのもとへ手を引くマンカストラップ・・・。大いなる心と高貴なる悲しみ、ジェリクルが唯一のその名を掴むための条件・・・それはなんなのか?

荻原マンカスのちょっとした、うつむく仕草が僕に今日はこんなメッセージが込められた物語をみせてくれました。


そして、次に観るときには今日観たメッセージはもう見ることが出来ない。次は次のメッセージが生まれる・・・それが『CATS』という不思議な舞台なのです。

あなたには一体どういうメッセージが届くのでしょうか?
これはあなたが自分の眼と心で観て聴いて受け取ってくるしかありません。


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