2011年4月23日土曜日

4度目のCATS



尋常じゃないくらいはまっています。
ほんと狂ってる・・・。
4月に入ってこれで3回目の鑑賞です。

最初に観たのが2010年のクリスマス。
この時の座席は真っ正面。

次が2011年の4月3日で、この時の座席は右端。
3回目が4月16日で、これは左端。

そして4回目の今日は、特別席の舞台から4列目。

この特別席のデメリットは舞台全体を視野に入れられないこと。
ステージと席が近すぎるからです。
しかし、そんな点は、ステージを所狭しと動き回るジェリクル達の
一挙種一動作がひしひしと伝わってくる、ステージの振動がそのまま
体感できる、歌声が耳ではなくソウルに響く・・・。
というチョー最高のメリットによって、すぐに打ち消されます。

いやはや、まいったまいった。
最前列で鑑賞するCATSがここまで凄いとは。

最前列の席に座る時にステージに上がることが出来るのですが、
実際あがってみると思ったほど広くは無い。
でも、観客席からみるステージは驚くほど広い。

さすがはミュージカル、総合芸術とはよくいったもんです。


鑑賞4度目の今回、最前列でジェリクル一匹一匹の表情を
目の当たりにすることで、キャッツのテーマが
自分なりに解釈できたように思えました。。
この作品は本当に深い、見れば見るほどそう思います。

これまで僕は、何ゆえちょっと哀れな境遇となってしまった
アスパラガスがジェリクルとして選ばれなかったのかが疑問でした。
まー、普通にみれば仲間がいるからいいじゃん、
みたいな感想になるんでしょうけど。
でも、僕はちょっと引っかかっていました。

でも、今回、ステージ真ん前でグリザベラの最後の「メモリー」を聴き、
歌い終わった後の表情をみて自分なりに理由が見いだせました。

歌い終わった後にあんな表情をするなんて・・・。
演じた木村智秋さんは素晴らしい。素晴らしすぎます。
過去2回、木村さんのグリザベラを観ましたが、
今日が一番歌も表情も良かったと思います。
※ちなみに初回のグリザベラは早見小夜子さんで、
この方は歌唱力、存在感ともに超絶でした・・・。

さて、今回、勝手に納得したこと。
「希望というのは自分で持つものではなく、今の自分をつくってきた
過去にケリをつけた時に、自ずと与えられるものなんだ」ということです。

なぜアスパラガスは天上に召されず、グリザベラは天上へ昇れたのか?

僕なりに納得できた理由の一つがこれでした。

”自分に対してある種の決着をつけることができない輩には、
希望という名の「新しい人生(いのち)」などやってこないのだよ。”

ミュージカル全体からそんなメッセージが聞こえてきました。
夢見て寝言ほざく前に、自分のこれまでの人生にケリつけてみろ、と。

自分にケリをつける、自分の状況を自分のものとして
勇気を振り絞って引き受ける。
これが出来た輩には、もう既にそれ以前とは別な人生(いのち)が
始まっているんだよね。

頭を殴られたような衝撃と感動を覚えました。
まぁ、僕がそういう処世哲学を持ってるからこそ、
そう見えるだけなのかもしれませんけど。
CATS凄いよ・・・ほんとに。

この衝撃と感動のまま、オールド・デュートロノミーの
「猫からのご挨拶」をきいているとなんだか色んなことを考えさせられます。

CATSを観たことのある皆さんは、どうお考えになりますか?

今日は、アスパラガスの、過去を懐かしみ執着する姿に涙ぽろりで、
グリザベラの表情を観て、声を殺して嗚咽する有様。

いやぁ〜CATSって、本当にいいですね。
それではまた。


『猫からのご挨拶』


いかがです、皆さん、猫の生き方は?

大いなる心を持ち、誇り高く、強く、生きているでしょう?

もうお分かりのはず。とても似ているあなたと、
とても似ているあの人と、とても似ている人間と。
さぁ、猫にご挨拶を。

忘れてはいけない。猫は犬に在らず。
忘れてはいけない。猫は犬に在らず。

猫には、ひとつのルールが在る。

こちらからは、話しかけない。

だから、あなたの方から、猫にまずご挨拶を。
でも、馴れ馴れしく口をきくと、退けられる。

まず、猫にであったならば、敬虔な心で「Oh! Cat!!」

これこそ、猫への正しい礼儀なのだ。
信頼受けるためには、しばし努力して欲しい。
捧げものを送るのだ。こころに語りかけて。

信じられる時をまつ。必ずその時が来る。
その時あなたは、猫を唯一の名で呼べる。

猫は求めるのだ、唯一のその名を。
猫は求めるのだ、大きな魂を。
猫は求めるのだ、大いなる心を。
猫は求めるのだ、唯一のその名を。





0 件のコメント: