2011年2月26日土曜日

海神丸/野上弥生子

今日は会員となっているNPO「HRDM」の勉強会がありました。
御茶ノ水で14時〜18時まで勉強会に参加しましたが、
東京方面に出てきてまっすぐ帰るのは勿体ない、と思い
東京駅丸の内北口にある松丸本舗へ足を運びました。

1時間ほど店内を歩き回り、眼に飛び込んでくる膨大な
書籍アーカイブの中から4冊ほど購入してきました。

その中の1冊が野上弥生子さんの『海神丸』です。
1929年に発表された作品のようですから、
もうすでに80年以上前の作品になりますね。

この作品を知ったキッカケは
松岡正剛さんの千夜千冊の第934話でした。

あのセイゴー先生をして
野上弥生子がいない日本がいかにヤバイか

と言わせる作家なわけなので、
これは読まないと不味いだろうなと思っていました。

そしてようやく今日手に取ることが出来ました。
薄い本(70ページ程度)なので帰りの電車の中で
読み終えてしまいましたが、正直
80年前の作品とは思えない出来です。

今読んでも古く無い。
それどころか犯罪というものの本質を
考えさせられる古典といってもよい作品です。

どうやら、この作品が日本の近代小説で一番始めに
「極限状態での食人」を取り上げたもののようです。

実在の海難事件をもとに書かれているのも
この作品によりいっそうの重みを与えているのかもしれません。

人間の生というものを考えるときに、
たまにはこういう作品をじっくり読んで
静かに考えにふけってみるのもいいのではないでしょうか。

このようなテーマでにたような本には、
武田泰淳さんの『ひかりごけ』や
大岡昇平さんの『野火』があります。

どちらも手元にはありますが未読の作品。
『海神丸』の読破を切っ掛けにまとめて読んでみようかと。


2011年2月23日水曜日

玩具修理者/小林泰三

限られた理解力しか持たない我々の脳が
あまりにも複雑な世界に対面したときに
壊れてしまわないために脳自身が設定した安全装置・・・
それこそが因果律なのだ。



以前どこかに書いていたかもしれませんが、
今使っているBloggerの履歴には残ってなかったので、
改めて・・・。


昨日無性に小林泰三さんの作品が読みたくなって
手に取ったのがお気に入りの『玩具修理者』です。

角川ホラー文庫に収まっている1冊で、
私のおすすめかつお気に入りの1作です。

この本にはタイトルの『玩具修理者』という短編作品の他、
『酔歩する男』という中編の作品が収録されています。

『玩具修理者』は第二回日本ホラー小説大賞短編賞を
受賞した傑作ホラーで、『酔歩する男』は
SF(考えると怖いけど)作品です。


どちらも面白い作品なのですが、
私の個人的なおすすめは『酔歩する男』です。

この考え方にはやられた。
SFですのでもちろんフィクションですが、
「もし現実なら」と考えると戦慄せざるを得ない
アイディアが採用されている。

波動関数なんて話、私にはそれだけで入れ食いなのですが、
その説をこうもってきますか・・・と感嘆します。


このページの先頭に記述されている強調表示されたフレーズ。
これは『酔歩する男』からの引用です。

これ以上解説するとネタばれしかねませんので
このくらいで止めておきましょう。

初読は2年くらい前だったかと思いますが、
読んで感激しました。

昨日読み直してみても、その感激は変わりませんでした。
私の中ではもう既にSFクラシックです。

ちょっとスリリングなSF短編を楽しみたいと思われている皆さん。
小林泰三の処女作となるこの1冊は読んで損はしませんよ。




2011年2月20日日曜日

コーヒー・ハウス/小林章夫

政治議論の場、経済活動の一つの中心、文学者のたまり場、
近代ジャーナリズムを育んだ基地・・・
それがイギリスのコーヒー・ハウスである。


久しぶりに本の感想でも書いておこうと思いました。
手元に会った一番近い本が2、3ヶ月前に読んだ
小林章夫著『コーヒー・ハウス』(講談社学術文庫)でしたので
今日はこれを取り上げたいと思います。


コーヒーハウス、もしくはカフェなんて聞くと
いまではスターバックスだとかドトールだとか、
ルノアールだとか、そういった喫茶店が
頭に浮かぶのではないでしょうか?

そこで行われる行為はどのようなものでしょう?

お友達との談笑、待ち合わせまでの時間潰し、
一人本を読んだり、場合によってはITノマドのように
パソコンを取り出して仕事をしていたり・・・。

時間の過ごし方は人それぞれ、多様なものがあるかと思います。

時間の過ごし方は多様でしょうが、
おそらくそこでは文化的、経済的に
社会に影響を与えるようなものというのは
生まれたりはしないのではないでしょうか?

当たり前のようにある喫茶店(コーヒーハウスやカフェ)ですが、
約400年前のヨーロッパではまだまだそのようなものはありません。

ヨーロッパにコーヒーが入ってきたのは、17世紀の半ばです。
アラビアからトルコ、そしてトルコのコンスタンティノープルを
経由して大航海時代にようやくヨーロッパに
コーヒーというものが入ってきます。

黒い得体の知れない飲み物ということで、
当初は料飲の是非論もあったようですが、
ローマ教皇がコーヒーを飲んで洗礼を授け、
飲用を許可したことをきっかけに、
一般市民にも多いに飲まれるようになったそうです。

もともとトルコにはコーヒーを飲む場として
コファ・ハウスというものがあったそうです。
コーヒーがヨーロッパに伝わるに伴い、
イギリスを始めとした各国にもこの形態が導入され、
あちこちでコーヒーハウスが作られるようになりました。

そしてこのコーヒーハウスという場所が、
特にイギリスでは、その後100年以上にわたって
イギリスの政治や経済、文化かなどに大きな影響を
与えていくことになります。


具体的な影響は本書に譲りますが、エッセンスだけを拾うと
以下のようなものがあげられます。

・様々なジャーナルやニュースが生まれる場となった
・政党が出来る母体となった
・文学者のたまり場となった
・中産階級が本を読んだりできる教育/啓蒙の場となった
・広告が作られる、配られる場となった
・保険ビジネスが行われる場となった

とまぁ、ほんとうに近代ビジネスに必要な仕組みなどが
このコーヒーハウスを中心に生み出され育てられていったこと、
当時のコーヒーハウスは文化のるつぼだったことがわかります。

僕にとって面白かったのは、
ピューリタン革命の嵐を避けて
ロンドンからやってきた集団が
コーヒーハウスに集う知的集団と融合し
王立協会などというものを結成したことでした。

えぇーー、こんなところにまで影響あたえてるの???
と驚く次第です。


いまでは憩いの場としてのコーヒーハウスやカフェ。
それが3、400年前のヨーロッパにおいて何故、それほど
重要な文化発信基地としての役割を担えたのか・・・。

それを知りたければ、この本をお読みください。


2011年2月18日金曜日

映画『ソーシャルネットワーク』を観ました



今年初のエントリーで、かつ今年初めて映画館でみた映画が
前評判の高い『ソーシャルネットワーク』です。


この映画は実在するSNSサービスFacebookの創始者である
マーク・ザッカーバーグを中心に、彼がハーバード大学で
サービスを開発し億万長者になる過程を描いています。


天才オタクのザッカーバーグがサービスを作り、
それがブレークする過程で起こる仲間との軋轢や
金融の仕組みをうまく使った共同創業者の追放など、
ITサービスが成長する裏舞台を描いているところが
見る人にとって面白いところなんでしょう。


アカデミー賞にもノミネートされているということで、
大いに期待して映画館に足を運びましたが、
残念ながら僕の期待が大きすぎたようです。


120分退屈せず鑑賞できましたし、もちろん面白かったですが
それでも自分の期待内で想像通りの展開でしたので
「滅茶苦茶面白い」とまではいきませんでした。


正直、堀江さんが書いた『拝金』の方が
ITベンチャー経営の裏舞台という意味では
数倍面白かったです。


正直、各種メディアで絶賛されるほどのものではないのではないか?