2011年12月31日土曜日

現象学は<思考の原理>である/竹田青嗣

・・・事実学をやめよ。それは結局信念の対立と、
したがって権威づけられた思想どうしの対立に帰着するほかない。
本質学を開始せよ。そのことで、思想をフェアな関係のゲームとして開け。
これが現象学の方法の根本メッセージである・・・


「自分を深く知るために、他者とほんとうに関わるために哲学する
ユニークな思想家」これが竹田青嗣さん。

その竹田さんが、長年おっしゃっているのが、
”現象学は誤解されている”ということ。

そういう誤解を解きたい、現象学の意義を回復したい、
という問題意識で世に問われたのが1989年にでた『現象学入門』です。

その後、色々と発言をされてきた竹田さんですが、2003年に改めて
”現象学の根本的意義をまったく新しい形で描き出してみたい”
ということで作られたのがこの1冊です。

曰く、現象学のアプローチ(方法)というのは思考の原理なんだ、と。

社会人になってから読んだこの1冊。
かなり衝撃的な読後感でした。
これまで引っかかっていた疑問が氷解するような・・・、
そして、これは希望の哲学なんだ・・・
そんな印象を与える1冊だったことを覚えています。

ここでいう希望というのは、自身の希望ということのほかに
実生活に応用可能という意味でも希望という言葉を使っています。

僕自身、思考がかなり思弁的なところがありますが、
哲学者の思弁的な論説というのは流石に僕自身もうんざりしちゃいます。
参考にこそなれ、決して実生活にはなんの影響もあたえないな・・・。
そんな感じです。

でも竹田さんのこの本にはそういうところは全くありません。

「自分を深く知るために、他者とほんとうに関わるために哲学する
ユニークな思想家」・・・言い得て妙といったところでしょうか(笑)。



ちなみに私は現象学についての知見は殆どありません。
フッサールもメルロ・ポンティも大学時代にチョピット本を読んだくらい。
フッサールについては、書籍は持っていますが読むのは諦めています。
イデーンなどについては恐ろしく表現が難解で、何言ってるか意味不明です。

はっきり言ってこういう著者の哲学というのは、
本人自身が自分の直観で捉まえた感覚を十分にものにできておらず、
それを上手に表現できず難しくクドクドした説明になる傾向が多いです。
もしくは、私が馬鹿すぎて理解できないか・・・。

いずれにせよ、これまでの現象学などについては
ほとんどバックグラウンドがないため、僕には竹田さんの説く現象学を
的確に批判できるような知識はありません。
また、これまでの現象学論説に竹田さんを位置づけることも勿論できません。

ですが、本書で竹田さんが説く
現象学の魅力と破壊力は理解できるつもりです。



◆「確信成立の条件と構造」を解明する方法としての”還元”

竹田さんは現象学を思考の原理としてもっとも進んでいると言います。
なぜ、現象学が思考の原理としてもっとも進んでいるのか?

「現象学的還元」の方法が哲学的思考の原理として、
画期的だからだといいます。

では、還元って何なのでしょうか?

人は基本的に2つの視線を持っています。
ひとつが「実存的な(=主観的な)視線」で、もうひとつが「客観的な視線」です。
※実際、「客観的な視線」というのは、相手と自分の位置関係を
客観的に思い描くという意味で「想像的な視線」
という意味と殆ど変わりませんが・・・。

フッサールの言う還元・・・これを竹田さん的に解釈すると
還元とは世界の一切を意識経験として捉えること。客観的とされるものの見方を、
すべて私的なものの見方として置き戻すこと。
そして、現象学的還元のポイントは、「私の意識」に生じている
体験のありようから、他者にとっても必ず生じているはずだと考えられるもの、
すなわち共通項と考えられるものを抽出する作業が還元、ということになります。

要は、意識体験の「共通構造」(=本質構造)を取り出す・・・
これが還元ということですね。

ではなぜ、この還元という方法が大事なのか?
フッサール自身が説明できていない、と竹田さんは言います。
フッサール自身がまともに還元の意味や本質を伝えられなかったから
現象学は誤解されることになったんだ、と言わんばかり(笑)。

では、竹田さんはどう解釈するのか。


わたしの考えを言えば、「確信成立の条件と構造」を解明するため、
というのがその答えです。そして、このアイデアが現象学という方法の
最大のメルクマールなのです。この根本アイデアが現象学をして
近代哲学の根本問題であった「認識問題」を解明させ、
この根本アイデアが、現象学を哲学的思考のもっとも進んだ
原理論たらしめているといえる。



16世紀に起こった宗教改革とそこから百数十年にわたって
引き起こされた宗教戦争・・・。

おびただしいほどの血をながした根本的反省としての「認識問題」。
おびただしい世界像がでてきた時に、主観と客観は一致するのか?
ある世界観と別な世界観ではどちらが正しいのか?

こういう歴史的文脈の中で提示されてきた認識問題。
つまりは「信念対立」の問題といってもいい。
これはどうすれば解決できるのか。
どういう方法にて考えればいいのか。

歴史をひもとけば分かるように、16世紀の宗教における信念対立は
サイエンス(科学)という方法論のめざましい展開によって出来上がった
近代合理主義的世界像が、カトリックVSプロテスタントのの対決を
どちらも打ち倒すような感じに成っちゃいました。

しかし、歴史は繰り返す・・・。
認識問題としては解決しなかった信念対立。
解決しなかった問題は、必ず追いかけてくる・・・。
こんどは19世紀以降の資本主義VS社会主義のイデオロギー闘争として
再燃することになりましたね。

このような知的文脈の中で呼吸し、育ったのがフッサールというわけですね。


世の中ニャ、真理というものがあってそれを理解する・・・。
これじゃ、ダメだ〜と直観したフッサール。
世の中に在るものを正しく認識する・・・こういう見方を一旦、中止しよう。
Let's エポケー!!
客観的視線による認識という考え方を一度中止して、
世界を意識体験として方法的に捉え直す。
そして、その中から他人にも起きているであろう意識体験を
共通了解や共通構造として取り出す。

このような現象学的還元という方法を使って
認識問題にたいして新しい切り口を出してみせた・・・というのが
大雑把ではありますが竹田さんの解釈といったところでしょうか。

では、この現象学的還元によって認識問題はどのように捉えられるのでしょう。





◆現象学による「認識問題」の書き換え

箇条書きで、現象学が拓いた認識問題の新たな地平というものを
眺めてみましょう。
竹田さんがまとめた内容を、僕なりに抜粋すると・・・。


(1)「絶対的な真理」というものは存在しない。
神のような超越性の視点を括弧に入れてしまうと、我々が「真理」とか
「客観」と呼んでいるものは、万人が同じものとして認識=了解
するもののことである。人間の認識は、共通認識の成立しない領域を
構造的に含んでおり、そのため、「絶対的な真理」「絶対的な客観」は
成立しない。

(2)しかし逆に、われわれが「客観」や「真理」と呼ぶものは
まったくの無根拠であるとは言えない。そのような領域、つまり
共通認識、共通了解の成立する了解が必ず存在し、そこでは
科学、学問的知、精密な学といったものが成り立つ可能性が原理的に存在する。

(3)共通了解が成立しない領域は、大きくは宗教的世界像、
価値観に基礎づけられた世界観、美意識、倫理意識、習俗、社会システム、
文化の慣習的体系等々である。およそ、人間社会に置ける対立の源泉は
この領域の原理的な一致不可能性に由来する。

(4)しかし、この領域の基本構造が意識され、自覚されるなら、
そういった宗教、思想対立を克服する可能性の原理が現れる。
すなわちそれは、世界観、価値意識の「相互承認」という原理である。

(5)ここから、異なった世界観、価値観のあいだの衝突を克服する原理は
ただ一つであることが明確になる。すなわち「多数性」を相互に許容し合うこと。
これは、近代以降の「自由の相互承認」という理念を前提的根拠としている。




ここまでのお話が本書の第1部のお話です。
本書は全部で4部構成、2部以降も竹田現象学の射程を
あますところなくみせてくれます。


僕の思考をかなりインスパイヤーしてくれた1冊です。
現象学の一般論と言うよりは、竹田さんの思想として触れてみてください。





2011年12月25日日曜日

2011年クリスマス観劇ツアー:その2



2011年クリスマス観劇ツアーの第2弾は、
毎度おなじみの『キャッツ』です。

実は今日がキャッツを初めて観て、
まるまる1年がたった記念日なんですね。

嫁さんに頼まれてキャッツを一緒に観に行ったのが
2010年の12月24日でした。

初めて観たキャッツは、カッコイイ&カワイイネコが
沢山でてくるけど、物語はいつはじまんのかな〜と思っていたら
いつの間にか終ってた(爆)。というようにキャッツの魅力を
何一つ明確に掴まずに終ってしまったという記憶があります(笑)。

丸1年経ってみて振り返ると、なにやら感慨深いものがありますね。

嫁さんの友達と一緒に最前列での鑑賞でしたが、
いやはや面白いのなんの・・・。

何度視ても飽きず、常に新しい発見があるキャッツです。
この1年で、すでに30回以上鑑賞し、歌も踊りも殆ど暗記していますが
それでも楽しい!楽しすぎる!!!そして、何より深い!!

改めてその魅力を問われれば・・・

1.24匹のネコ、それぞれの人生(ジェリクルライフ)が
なにかしら自分の人生とオーバーラップする瞬間がある
2.ジェリクルキャッツの生き方には、
人として忘れがちな基本が沢山つまっている
※歌と踊りを通して、絶対的な野性の美学が観るものの人生を揺さぶります
3.グリザベラの生き方を通して、新しい人生の始め方を学ぶことができる
4.舞台と客席が近く、自分も25匹目のジェリクルとして
舞台に参加しているような気分になれる
※実際、毎回、一人の女性が舞台に
連れ去られジェリクルの仲間入りをしますしw
※カーテンコールにおいてジェリクルと握手できます(席によるけど)
5.想像を超えたエンターテイメントにより、現実をわすれて没頭できる

とまぁ、いろいろありますね。

そんな素敵なキャッツ、今日はクリスマス特別カーテンコールもあり
面白さ100倍でした。

今日、特に僕の眼を引いたのは・・・。

まず最初に、毎度おなじみのジェリクルソング!!
全員で踊る一糸乱れぬそのダンス・・・ここから既に
ジェリクルマジックに掛かりますね。

そしてその後のネーミング・オブ・キャッツ。
今日は壇上からディミータ演じる
増本さんに視線ロックオンされました。

増本さん、チョー綺麗で優雅!!
すらっと長い手足を存分に使って
魅せてくれるダンスは鳥肌ものです。
キレがあって優雅、かつ迫力あるダンス・・・。
なかなか観れませんね、こういうダンスは。

マキャヴィティのダンスも眼が釘付け!!
いつもはボンバルリーナに眼が行くのですが、
今日ばかりは増本さんの演技に心奪われましたw。


次に魅了してくれたのが、ヴィクトリア演じる斉藤さん。
僕、斉藤さんが演じるヴィクトリアかなり好きなんだよね。

いつもニコニコしていて、品があって華がある。
ジェリクルムーンのもとでの月光浴のシーンなんかは
ほんと観ていてうっとりします。ヴィクトリアがいくところ
綺麗なシルエットができているよう・・・。
でも、優しいだけがヴィクトリアではないw。
所々で、シャーって叫んでいてメッチャ素敵でしたw。

それから、今日の個人的MVPの一人目はバストファージョーンズ&
アスパラガス&グロールタイガーの3役を演じる橋本さん!!
特にグロールタイガーのシーンは過去最高に面白くかっこ良かった。
今日のグロールタイガーにはちょっと唸りました。
凄いです、橋本さん!!
グロールタイガーの相手役をつとめるジェリーロラムも好かったな。
久しぶりの朴さん演じるジェリロ。やさ〜しい感じがなんとも言えませんね。


今日の個人的MVPの二人目はミストフェリーズ演じる永野さん。
ちなみに、ミストフェリーズは震災後の4月に観た、松島さん演じるミストが
過去のベストミストでした。震災後の色んな感情を松島さん演じるミストの
マジカル連続ターンがすべて吹き飛ばしてくれた・・・。
だから僕のミストNo1だったんですけど、
今日の永野さんはそれを越えましたね。

ダンスで人を救えますか?
もちろん物理的にはダンスで人を救うことなんてできません。
でもダンスは精神的に人を救う力と可能性をもっています。
永野さんのダンスにはそう感じさせてくれるものがあります。

特に、ミストフェリーズのマジカル連続ターン・・・。
僕はあのターンに、勝手に!!ではありますが、
永野さんの祈りを感じました。

まるで皆の悩み悲しみ不安、少しでも昇華できるよう踊ります・・・。
生命のかけがえ無さを感じながら、
全身全霊でダンスするミストフェリーズ・・・。
ここまで書くと大げさですか?
僕にはそう感じられてしようがなかった。

マジカル連続ターンの最後のスピンフィニッシュ・・・。
僕はつきものが落ちたような感じがしました。
救われたような気がしました。
永野さん、本当にありがとうございます。
あのターン、生涯わすれません。

MVPの最後、これはシラバブ演じた五所さんで決まり!!
クリスマス版カーテンコールの五所さんの可愛らしいバブちゃん。
あれは犯罪級の可愛らしいさです。
お魚をお腹いっぱい食べて、疲れて寝ちゃうバブちゃん・・・
タガーのプレゼントを喜び、タガーにすりすりするバブちゃん・・・。
一つ一つの仕草が、ほんとうにメンコイw。
あのシーンはミストもかなり可愛いんだけどさw。

MVPなどと書いてみたものの、
正直なところジェリクル全員がMVPなんですよね。

武藤さんは1年とおして殆ど出ずっぱり。
そして、常に変わらぬ安定感!!

ジェニエニドッツの鈴木さんも、元気全開!!
見る人は絶対にパワーをもらえるし。

タガーの田邉さんは格好良すぎだし!!
カーテンコール時に「田邉く〜ん!!」という
黄色い歓声でまくってたしさ(笑)。
※くんはねーだろ、せめてさん付けにしとけと思ったけどw。

コリコ、ランパス、カーバの3人は台詞こそ少ないけど
メチャクチャ重要な立ち回りしてる!!
コリコ入江さんとカーバ光山さんとランパス高城さんは
ジェリクル舞踏会の立役者だよ!!
ランパス高城さんのラストのI字バランスはいつ観ても感動!!

マンゴー虎太郎さんとランペル石栗さんの2人は、
呼吸ぴったりで最高にお茶目なドロボー演じてくれる!!

タントの高倉さんはその存在が美そのものだし・・・。
踊るとそこだけ空間が変わるくらいのダンス表現力!!
高倉タントは最強なのです。

チャンミンさんのスキンブルは
いつみても観客を希望という名の列車に乗せてくれる!!

マキャヴィティ檜山さんもカッコいい・・・。
なんてったってナポレオン・オブ・クライム!!
檜山さんVS武藤さんのシーン、特にお気に入りw。

孫悟空こと、ギルバート新庄さんは大分ギルバートが板についてきて
今日の橋本さんのとの絡みは堪能させて頂いた!!

蒼井さんと松永さんの美男美女ジェリクルカップルは
いつも優雅で上品なカップル!!

佐渡さんのグリザベラ・・・これは毎回毎回進化している。
佐渡さん、歌も当然のように上手ですが、それ以上に表情含めた演技が
図抜けています。毎回、天上に昇るシーンでは泣かずにはいれません。
そんな切ない演技、普通できませんよ。


ということで、みんな素敵な個性をもつジェリクルなんですよね。

来年も、キャッツからは眼が離せません。

2011年12月24日土曜日

2011年クリスマス観劇ツアー:その1


2011年クリスマス観劇ツアーということで、
今年はクリスマスの3連休を全てミュージカル観劇することにしました。

その第1弾が12月23日(金)に観た『美女と野獣』です。

この作品、観るのは何度目でしょう・・・。
おそらく5、6回目になると思います。

これまでの観劇でビースト役3人(佐野さん、福井さん、飯田さん)、
ベル役3人(坂本さん、鳥原さん、高木さん)をそれぞれ鑑賞させて頂き、
それぞれの会でそれぞれの演技に感動させて頂きました。

佐野ビーストと坂本ベルを観劇させて頂くのは今回が2度目ですが、
自分の作品に対する理解も深まってきたせいか、今回の感動は
これまでとは比べ物にならないくらい大きいものでした。

そして、佐野さんと坂本さん、ガストン役の田島さんや、
Mrs.ポッド役の織笠さんを始めとする役者さんの
プロフェッショナリズムを肌でビリビリと感じさせられました。

佐野さんは1986年に劇団四季に入られ、1997年からビースト役を
担当されているし、坂本さんは1982年に劇団四季に入られ、
1995年からベル役を担当されている・・・。

この2人のペアを観て、これまでまったく分からなかった
美女と野獣の魅力を教えられました。

僕はもともと「救いと励まし」というカタルシスのある作品に
無性に感動してしまう傾向があります。

そして真の意味で救われる人というのは、他人に救われる前に
自分で自分の運命を引き受けなければいけない。
自分をしてニヒリズムの淵から救い出せなければならない、
と強く思ってきました。

どんなに過酷な運命であったとしても、自分の運命、人生として
引き受けることができて初めて他人があなたを救うことができる・・・。
実際は他人は救うわけではなく、
共に生きようと言ってるだけ・・・でも、それこそが
他人ができる救いなのかもしれない・・・。

このような観点が美女と野獣にも存在することが、
明確に!!わかりました。

分かった後だと、なぜこれまで明確に分からなかったかが
不思議なくらいなんですけど(苦笑)。

おそらく、今回理解できた原因は佐野さんの演技と歌!!
特に、佐野さんがが歌う『愛せぬならば』とそのリプライズを聴いて
明確に理解できました。

1幕最後にベルを傷つけてしまったビーストが歌う『愛せぬならば』。
感情の矛先が明確に自分へ向けられていることが分かりました。
自分の想いとは反対の結果になってしまったことに対する後悔、怒り、
自分への絶望・・・こういう感情が爆発したような
少し自暴自棄が入った歌い方。それはそれは見事な歌でした。

見事な歌で、もちろん泪ソウソウって感じなんですけど、
心のどこかに泣いてはいけないというブレーキが掛かった感じで
ちょっとした違和感があったんですね。

そして2幕においてベルとの距離が縮まりながらも
その深い愛故にベルをお父さんのもとへ送り出す
(=ビーストが人間に戻る可能性を放棄する)シーンの後に歌う
『愛せぬならば(リプライズ)』を聴いて、違和感は氷解しました。

1幕最後の『愛せぬならば』は自分への同情を隠さないビーストの慟哭。

しかし2幕のそれは、愛故に自分の救済を放棄する・・・。
いわばビースト1世1代オトコの決意!!
ビーストであり続けることを引き受ける、覚悟の歌だったのです。


もはや望み遠くに去り・・・
呪いをとく愛の言葉、聞くことは無い・・・
ただ過ぎた時の流れ、ただ待つのみか・・・
死がいつかはこの呪いを、消し去る日々を・・・


この歌詞の歌い方が佐野さんが最強に素敵な理由です。
ビーストは我が運命を引き受けた、愛するが故に・・・。
悲しみこそあれ己への同情はまったくない歌い方・・・。
だからこそ切なさ10000倍!!!

呼吸困難になるくらい泣けました。
大げさだけど、ビースト!一緒に死んだる!!と
抱きしめたくなるような、そんなビーストを演じられる佐野さんは
チョーカッコいい!!!!!

そして、泣きながらわかったんですね。
ここでビーストは新しい生命を得たんだって・・・。
呪われし己が運命を引き受けたビースト、
このタイミングでビーストには新しい命が用意されていたんだ。
ビーストは運命に選ばれたんです。
だから、ベルも帰ってきたし、愛してももらえた。
王子にも戻ることができた・・・。

今回はそんな解釈ができました。
そして、このパターンは
キャッツのグリザベラの運命と同じじゃないか!!
と思ったんですね。

どのへんが同じと思うかは、過去の感想を読んで頂くとして、
僕には本質的に両作品の深層底流には同じ命題が流れていると
直観しました。

そして、それを教えてくれた佐野さん、坂本さんの
プロとしての演技力に心より敬意を表したくなった次第です。

カーテンコールでは、自然と身体が動きスタンディングオベーションに・・・。
過去の美女と野獣では一度も経験無いんですが、
今回ばかりはスタンディングオベーションしないわけにはいきません。

感動したのは僕だけではなかったようで、客席の至る所で
スタンディングオベーションが!!

舞台、俳優さん、観客・・・どれもが最高の観劇ツアー初日となりました。

2011年12月10日土曜日

台所の一万年 〜食べる営みの歴史と未来〜/山口昌伴

大分前に読んでメモしていた本のメモがヒョッコリでてきたので
ここに転記しておきます。


試み:日本列島に繰り広げられてきた一万年にわたる
食べる営みの場所と道具・装備の変遷を大づかみに捉える


著者の問題意識
①なぜ今、こんなキッチンでこんな食べ方をするようになったのか
経緯を確かめたい

②21世紀の100年もこんな食べ方でいいのか
・今時の食べ方は体に良いわけないし、美味しくもない
・収穫した食べ物を無駄にしている
・家庭の台所のあり方にも問題があるのではないか
→食べ方の理想を「食べる営み」の装備や道具立ての方から見直したい

◆目次

第一章 食べ事とは、食べ物とは、そして台所とは
大事に食べていくために
美味しい健康、食べる楽しみ
生命と食事
食べ残しのゆくえ

第二章 台所のいろいろなかたち
台所の成り立ちを探る小旅行
うちの台所、まちの台所
住まい全体が台所
食べられる都市

第三章 近代日本の台所に起こった事
食べる営みのシステム
台所、この100年

第四章 これからの台所、その設計条件
美味しい台所を実現するには
「台所の構え」をもっと自由に
食べ事を大事にできる台所


◆気になったところ、フレーズなど

「じつは、人類が文明の段階に入った一万年ほど前からこっち、人類は自然のままでは
食べていけなくなっているのです。この状態を絶対飢饉といってみましょう。
絶対飢饉に対して、牧畜や農耕など、食べ物である生命体を増殖するという
文明の力をはたらかせて、あやうく自然界と人間界とのバランスを保って、
何とか食べつづけてきたのです。」

人間は食べるための文明を作り上げる事で、今日の繁栄を享受するにいたった。
a)人口の増大が可能になった
b)健康で長生きになった
c)食べる事が楽しみや生き甲斐になった


「人間の生命を支えつづけてくれるものー食べ物とはいったい何なのか。
それは生命の屍体なんです。」

「人類の食べる工夫の知恵の体系が、台所仕事と調理道具を中心に
しぼり出されてきたのも、ひとえに人類の食べ物が屍体であるということの
やっかいさのうみ出したことだったのです。」

「生活習慣病は生活習慣の集計結果なので、取り返しがききません。
生き方は食べ方なんですね。」

・ばっかり食い
・乱れ食い
・おかまいなし食い
などの見境のない食べ方ができるのが現代。
正しい食事がし辛くなっている。

「日本では、ことに食肉の風景には食の野性味が消去されてしまって、
獣の原型からは遥かに遠い。食材が生命体の原形から遠くなるほど、
人間に受け継がれてきている「動物の本源」としてのぎらぎらした食欲が薄れてくる。
食材が生命実感を失って、記号化された食品になってしまうのと、
それを扱うことで済むキッチンのあり方とは同時進行してきたのです。
人間の本源的食欲、健康な食欲を喚起し、かつそれを満たすことのできる
食べる営みの支えを、私はキッチンに対して台所と呼び分けたいのです。」

お刺身を食べる。残りの魚の頭を二つに割ったのを使って、おすましをつくる。
内蔵はアラ煮に、頭はうしお汁に、骨は味付けをして、乾かして粉にしてフリカケに。

遊牧民は動物を解体して頭のてっぺんから足の先まで食べてしまう。
どうしても食べられない部分はヴァイオリンの弦になったり、
太鼓にはったり、筆になったりと工夫をして全て使っていた。

食べ物とは生命体である故に、一斉に実ったり、成長と繁殖があったりする。
人間は喰い溜めに限界があるので、「食い延ばしの工夫」が食文明の基本技術となった。

食文明における食い延ばしの技術として

Ⅰ.食い溜め

Ⅱ.生き物のコントロール術
a)計画的に食べる
・大きくしてから食べる
・絶滅しないように食べる
・計画的に生産する

b)生きたままの保存術
・籾をつけたまま保存
・生かして保存
・半殺し保存

Ⅲ.保存加工術
a)脱水・乾燥
・風で乾かす
・煮て干す
・燻製
・結氷脱水
b)封じ込み
・密封保存
・漬け物類
c)殺菌
・加熱殺菌
・薬効消毒
d)発酵

Ⅳ.雰囲気調整保存術
a)生命維持環境に留意
・土中
・冷蔭所
・冷暗所
b)人工雰囲気調整保存
・冷蔵
・氷蔵
・冷凍
・CA貯蔵


「食料の加工調製から食料の食品化、生命の砦としての食料の備蓄の確保、
食い延ばしのための保存食加工ー経済性を高め、栄養を増やす工夫、調理と配膳の
作業を繰り広げる清浄な板の間という広い作業面、そして裏庭にみる食料自給と
リサイクルの体制。この、住居にしつらえられた完きシステムから、近代になって
いろいろのものが外部へ、社会へと押し出されていった。その残りが、今どきの
キッチンなのです。」


・食べ物の入手+調理+料理=台所システム

■台所というシステム
以下の4つが合理的に組み合わされた、
一つの食べる仕組みを支える空間と装備を台所という。
①食べ物の入手の仕組み
②調理の仕組み
③分配と共食の仕組み
④料理の仕組み


「家に帰っても冷蔵庫の都合が優先。冷蔵庫の都合というのは、
賞味期限の切れそうなものから食べていくということで、
冷蔵庫は新鮮で美味しい食べ物を不味くしてから食べる機械であるということに
なってしまっています。どうも美味しいことへのこだわりは、まだまだ食生活の
中心的なテーマとして身についてはいないようです。」


「日本列島は季節の変化に富んでいる。その季節によって手に入る食べ物が違う。
それぞれの食べ物にそれぞれの季節があって、まっ盛りのときを旬といいますね。
食べ物の成長のリズムにあった旬のときに、味がもっとも充実している。
旬のものは安くて美味しい。それが大地の健康をも支えていくのです。
そして、旬の食べ物にはその季節にあった食器、春は若草や春の花の模様、
夏はガラス器や白磁、秋は秋草の模様、冬は厚手の陶器といったふうに
四季折々を楽しんだのです。」

「能率的なキッチン、美しいキッチン、片付くキッチン、サッとひと拭き、
掃除のしやすいキッチン、この四条件で今どきのキッチンの基本設計は
できあがっているのです。ここに欠落しているのは、美味しい料理ができることです。」

「台所は片付いちゃったらダメじゃないですか?
日本の近代化のモデルとされたのは西欧のライフスタイル。キッチンもそうです。
でも西欧のキッチンと日本の台所は、ちがう原理で働いているのです。」

◆著者の論点
加工された食品からスタートするのが西欧スタイル。
食材からスタートするのが日本スタイル。
西欧スタイルの根底にあるのは必要悪としての家事労働。
極力軽減すべき労働としての家事を減らす支援をするものとして
キッチンはデザインされている。

生活の中心は食べ事であるにもかかわらず、建築家のほとんどは
住生活から食べ事を切り離して、キッチンというスペースに押し込んでしまっている。


日本は食べる営みの場所をもともとは台所(だいどこ)と呼んできた。
※平安時代の宮殿にあった台盤所(だいばんどころ)が語源とされている。

◆よい台所とは

大事なことは何よりもまず「美味しい台所」であること。
つまり美味しい料理が作れる場所があること。

美味しい台所であるためには、台所の構えを
食べ事のシーンに応じて臨機応変に変えることが出来るようにする必要がある。

著者の不満
・キッチンの設計には食材の収納システムがほとんど考えられていない。
冷凍冷蔵庫が置けるスペースだけしか配慮されていない。

→食材を大事にする台所設計は、食材の収納システムを住まい全体の中で
体系的に考えることからやり直していくべき。


【個人的な備忘】
・マンションのキッチンってなんでこんなにせまいんだろ
2人が並んで分担作業するのが精一杯な広さ

・今のキッチンの広さだと、冷蔵庫に入らない食材加工品を
置く場所がとれない

2011年11月29日火曜日

経験からの学習 ~プロフェッショナルへの成長プロセス~/松尾睦

仕事がらみで読んでいる本の読書メモ
そのうち、ちゃんと整理したエントリーにしますが、取り急ぎUp。




◆研究テーマの背景
現在の日本企業では、経験からじっくり学ぶことが難しくなっていると思われたから。
※現状は、人材の促成栽培が求められ、短期的な成果をあげなきゃいけないプレッシャーのもと
のびのびと挑戦的な仕事をする機会が減っている。

◆経験から学ぶための3要素
1.よい経験にめぐり合うこと(経験)
2.よい経験から多くのことを学ぶ力をもっていること(学ぶ力)
3.よい経験を積む機会が多く、学ぶ力を養ってくれる組織に所属していること(組織)

本書は上記2の学ぶ力を経験学習プロセスを解明する鍵として、フォーカスを当てている。

◆本書のメッセージ
人は、健全な組織において、適正な信念を育むときに、経験から多くのことを学ぶことが出来る
※信念が育っていない状況では、ナレッジマネジメントなどありえない。

◆本書における研究の枠組み
問い:企業における熟達者は、いかに経験から学んでいるのか?

アプローチ
1.経験そのものの特性分析
2.学習する個人の特性分析
3.学習を促進する組織の特性分析

◆言葉の定義
「プロフェッショナル」・・・優れた知識や技能といった技術面だけでなく、
他社の援助や公共の利益への奉仕といった精神面においても高いレベルを持っている人。
もともとはプロフェッション(信仰告白)という意味を持つ。
古典的には聖職者、医師、弁護士が3大プロフェッションといわれている。
キリスト教の影響もあって、プロフェッションは利他的な性質を持つ。
プロフェッションは職業人としての立場を堅持するためにも自立自営が可能であることが条件とされた。
その特質としては以下の6つ。
①専門的なサービスを顧客に提供するために知識・スキルを獲得する
②同業者集団に準拠する
③職務を遂行する上で地震の判断に基づいて自立的な行動をとることができる
④同僚や顧客から専門家として認められる
⑤顧客の目標達成を助け、公共の利益に奉仕することを重視する
⑥職業に対する愛着を持って、たとえ外的報酬が無くてもその分野で働きたいという献身的な姿勢を持つ

「熟達者」・・・特定の領域で、専門的名トレーニングや実践的名経験を積み、
特別な知識や技能を持っている人。
特徴は以下の4つ。
①特定の領域においてのみ優れている
②経験や訓練に基づく構造化された知識を持つ
③問題を深く理解し、正確に素早く問題を解決する
④優れた自己モニタリングスキルを持つ
※構造化された知識=フレームワークと言えるかもしれない。

「学習」・・・既存の知識、スキル、信念が変容する過程のこと。


「知識」・・・多くの人によって共有された社会的な事実。

「信念」・・・個人としての理想や価値を含む主観的な概念。
※ある意味でその人を動かす基準となっている個人的な理論と言える。
人は信念に価値や機能性を感じるほど、それを保持する傾向がある。

「経験」・・・人間と外部環境との相互作用のこと。
経験を分類すると"直接経験"と"間接経験"、そして"外的経験(客観)"と"内的経験(解釈・理解)"の
4象限に分類できる。


◆学習を促す職務
異動・・・・・・・・・・・・・・・・・不慣れな任務
自身の力量の証明
タスク特性・・・変化の創出・・・・・・新しい方向性の構築
引き継がれた問題
リストラの決定
問題のある従業員
高いレベルの責任・・・難易度の高い職務
幅広いビジネスの管理
過重な職務
外部圧力の処理
権限を使わない管理
非権威的な関係・・・・逆境にあるビジネス状況
障害・・・・・・・・・・・・・・・・・トップマネジメントの支援不足
個人的支援の不足
扱いにくい上司

異動が学習の程度と正の相関が最も高い。
障害については学習と負の相関が見られたそうだ。


◆経験から学習する能力
以下の4点で構成される。
1.自分の能力に対する自信(楽観性、自尊心)
2.学習機会を追い求める姿勢(好奇心)
3.挑戦する姿勢(リスクテイキング)
4.柔軟性(批判にオープン、フィードバックの活用)


◆コルブの経験学習モデル
1.具体的な経験をする(経験)
2.1の内容を振り返って内省する(内省的な観察)
3.2から得られた教訓を抽象的な仮説や概念に落とし込む(抽象的な概念化)
4.3を新しい状況へ適用する(積極的な実験)


◆実践における学習の限界
・失敗による学習が構造的に難しい
・時間的制約がある
・その場に応じた適切な指導が受けられるとは限らない
・ある特定段階の学習レベルに満足してしまう
・現場での知識が固定化し、新たな環境への適応を阻害する


◆本書の結論
①人がある領域において優れた知識・スキルを獲得するには約10年かかり、
6~10年目の中期の経験が熟達の鍵を握る
②人は主に挑戦的な仕事から学ぶが、領域が異なると挑戦の仕方も異なる
③人は、目標達成志向と顧客志向の信念のバランスを保つとき、経験から多くのことを学習する
④人が学習目標を持つとき、目標達成志向と顧客志向の信念が連動する。
⑤顧客を重視し、メンバーが知識や行動をめぐって競争している組織において、
目的達成志向と顧客志向の信念が高まり、組織内の学習が促進される


◆組織学習の仮説的モデル
組織特性
⇒内部競争
⇒顧客志向

仕事の信念
⇒目標達成志向
⇒顧客志向

経験学習
⇒時期⇔タスク特性⇔領域


◆メモ
・成人の能力開発の70%以上は経験によって説明することができる。
⇒良質な経験を積ませることが、優れた人材を育成する鍵となる。

・ナレッジマネジメントの弊害は直ぐ探す癖がついてしまい、自分で考えることをしなくなりやすいところ。

2011年11月28日月曜日

The Road to Garden Cress

しばらくご無沙汰していたこのブログですが、
TwitterやFacebookで呟くだけではなく、
日々感じたこと考えたことを一定のまとまった文章にするのも
大事だなと考えている今日この頃です。

ということで、久しぶりのエントリーです。
題して『The Road to Garden Cress(ガーデンクレスへの道)』。

まず、ガーデンクレスって何ですか?というところから。
ガーデンクレスとは、私のお気に入りのペンションです。
新潟の岩原スキー場のゲレンデ内にある、
それはそれは素敵なペンションです(リンクはこちら)。

昨年、年末に左目を手術したためにスノーボードができず、
その代わりにオフシーズンにガーデンクレスに遊びに行ったんですね。
そうしたら、ガーデンクレスを始めとする越後湯沢の
オフシーズンの魅力にすっかりやられてしまい、
今年もやってきたというわけです。

昨年は奥さんと、奥さんの家族を連れてきましたが、
今回は兄弟のように仲の良い会社の同僚と3人でやってまいりました。

11月26日の早朝(6:30)くらいに横浜をでて、
愛車のパジェロミニで新潟に向かいました。

関越にのるまでに渋滞で時間がかかりましたが、
関越にのってからはスイスイと・・・。
途中1回だけ休憩を取って4時間かからないくらいで
越後湯沢に到着しました。

11時くらいについたので、まずは美味しい昼ご飯を!!
ということで、新潟で有名な小嶋というおそば屋さんに行きました。
私たちが行ったのは、小嶋の越後湯沢駅の中に在るお店です。
※本店は別なところにあるそうですが、そっちは行ったことありません。

ここのおそばがもの凄く美味しいんですよね。
お蕎麦にノリが入っているため瑞々しくこしがあって
ほんとーに美味しいお蕎麦です。

こんな感じ、ということで写真を。



食事を終えて向かった先が、越後湯沢駅から車で大体1時間くらいの
ところにある赤城山、西福寺・開山堂というところです。

道元禅師が開かれた曹洞宗の系列になるお寺のようです。
お寺自体は、室町後期の1534年に作られたそうです。
そして、1857年に23代目の和尚さんによって
初代和尚と開祖道元をおまつりする場所として
開山堂が立てられたんだとか。

ここは何が凄いかというと、開山堂の天上に備え付けられている
道元禅師猛虎調伏の図』と呼ばれる大彫刻なんですね。

この大彫刻は本当に圧倒される作品です。
連れて行った二人も度肝を抜かれるくらいの彫刻でした。
この作品、石川雲蝶という人がひとりで6年かけて作ったそうです。
ほんと凄まじいパワーを持った彫刻ですよ。

この場所、知ったのは去年ですが、
実は「越後日光」といわれるくらい凄い場所だったようです(笑)。

正面から見るとこんな感じ。




拝観を終えてから、次に向かったのは私の大好きな大源太キャニオン。
越後湯沢えきからだと、車で約20分くらいです。

11月末だったこともあり、雪に備えて吊り橋などは
一部通交不可になっていましたが、それでもこの時期の大源太は
ほんとーに美しかったです。

紅葉がかった山々を写す湖の美しさ・・・。
自然ってほんとうに凄いなーとため息さえでるほどです。

こんな感じです。








こんな奇麗な景色、東京では見れませんね。
自然がつくる偉大な美しさに身も心もリフレッシュさせてもらいました。

この後は、お待ちかねのガーデンクレスへ・・・。
やはりここはいいですね。

オーナーとその奥様が出迎えてくれましたが、
お二人に会うとホッとします。

18時からディナーということで、それまで部屋でお菓子を食べながら
馬鹿話をしたりPSPをやったりと、仲間3人でわいわいやりました。
ディナーの前に露天風呂を頂きましたが、心の垢が全部落ちる感じw。
い〜い湯でだよ〜、ハハハン♬




そして18時、我々3人が心待ちにしていたディナータイムであります。
かれこれガーデンクレスにお世話になって5年くらい経ちますが、
これまでここで頂いた食事で”普通”だったものは一つもありません。
※もちろん”不味い!!”なんていうのは皆無。

毎回毎回、感動の料理とオーナーの奥様が
最後に出してくださる失神もののスイーツ・・・。

私は結構、美味しい料理を出してくれるところに対しては
真剣勝負を挑んでいるつもりなんですけど、
ほんとここの料理とスイーツに関しては参りましたの一言です。

なんてったって前菜から失神寸前の美味しさですからね。
そしてスープ、魚のフライ、サラダ、お肉、新米のコシヒカリが
絶妙なコンビネーションででてくるわけです。

男三人、チョーウメーとか、まじ半端ねーとか、ヤベーという
30過ぎとは思えないくらい貧弱なボキャブラリーを駆使して
賛辞の言葉を述べまくる・・・。
まさに、最高の料理を喰らう地獄の餓鬼みたいなもんですわ。

そして、最後にでてくる
天才パティシエのりこさん(オーナーの奥様)による超絶スイーツ!!

いつもは写真なんて取らないんですけど、
今回ばかりはこの素晴らしさを
ブログに書きたくて写真を撮ってしまいました。



仲間の一人は果物があまり好きじゃない奴でしたけど、
ここのは食べられるほど美味しいフルーツ(柿と梨)と
アイス、ケーキ、プリン・・・。

3人ともご飯をオカワリしたりしていて、もう食べれない!
なんていいつつ、このスイーツはあっという間に平らげてしまいました。

このタイミングで失神寸前だったのが、完全に昇天です。


恵まれた自然、恵まれた天気、そしてガーデンクレス・・・。
次の日の朝、ガーデンクレスから取った日の出の写真・・・。



毎回、ここに来ると色々な発見をさせられます。

今回の旅行では、ガーデンクレスでのおもてなしやオーナー夫妻との
お話を通して仲間3人でプロフェッショナルな仕事のあり方というものを
振返えさせられました。

当のご本人達はそんなこと意識はされていないのかもしれませんが、
私たち仕事人は市井の賢人達の何気ない仕事の中からこそ
プロフェッショナリズムを学ぶべきなのでしょう。

そういう意味で、今回の旅行は、これまで自分がやってきたことや
これから自分がやっていこうとしていることに対して
一つの方向性を与えてくれる大事な旅になりました。

いつも思います。
一番大事なことは、高原の風が運んできてくれるんだなって・・・。
私の人生に置いて、無くてはならない場所、それがガーデンクレスです。

オーナー夫妻にはいつまでも元気でいて頂いて、
毎年私たちをお迎えして頂きたいですねw。

2011年8月30日火曜日

わかりやすいはわかりにくい?/鷲田清一

生きてゆくうえでほんとうに大事なことには、たいてい答えがない。



ここのところ劇団四季オタクと化してきたこのブログではありますが、
たまには読書の感想も・・・ということで久しぶりの読書感想エントリー。


鷲田さんの感性は前から気になっていました。
何かの雑誌、もしくは新聞に掲載されていたエッセイを読んだとき、
もの凄くしなやかで柔軟だけど、ちゃんと軸のある思考をされる方なんだなぁ、
というのが第一印象です。大学時代でしょうか・・・。

そういう好印象を持ちつつも、著書を読むのは今回が初めてです。
松岡正剛ことセイゴオ先生の『フラジャイル』を読んでいて、
ふと「弱さ」を取り上げていた鷲田さんをまとめ読みしたくなったんですね。

本屋に行って5、6冊まとめ買いした中で、一番最初に手に取ったのが
今回ご紹介する『分かりやすいはわかりにくい? −−臨床哲学講座−−』です。

本書のもとになったのはNHKラジオの連続講義です。
もとは『シニアのための哲学 −−時代の忘れもの』と題されたテキストでしたが、
これに加筆訂正したのが本書です。

ですから、書いている内容は大人(シニア)向けです。
中学、高校生が読んでも本書で取り上げられている
問題意識が共有できないかもしれません。


そしてたとえ大人であっても、問いに対して答えが用意されていないことに
耐えられない人が読むと「つまらない」で終ってしまうかもしれません。

本エントリーの冒頭にあげた言葉。
そう、この本に出てくる問いには答えなんかない。
あるのはヒトを考える上で本質となる「問い」と
「問いに対するアプローチの仕方」だけです。

でもこれでいいんです。これがいいのです。
哲学するというのは「問いを共有すること」なのですから。

本書では以下、13の問いが用意されています。

第1章:問いについて問う―意味について
第2章:こころは見える?―ふるまいについて
第3章:顔は見えない?―人格について
第4章:ひとは観念を食べる?―生理について
第5章:時は流れない?―時間について
第6章:待つことなく待つ?―ホスピタリティについて
第7章:しなければならないことがしたいこと?―責任について
第8章:所有できないものしか所有できない?―自由について
第9章:同じになるよりすれ違いが大事?―コミュニケーションについて
第10章:できなくなってはじめてできること?―弱さについて
第11章:憧れつつ憎む?―家族について
第12章:未熟であるための成熟?―市民性について
第13章:わかりやすいはわかりにくい?―知性について



これらの問いはよくよく考えると哲学や心理学や
文化人類学などの歴史において数多の学者が共有してきた、
そして考え続けてきた問いなんですね。
なので本気で系統だって考えようとすると、問いごとに
数多くの書籍にハイパーリンクすることができます。

時がたってもヒトが生きるうえで向き合わなければいけない問いというのは
あまり変わらないのだなぁ、と感じることもあるでしょう。
また、ヒトによって、うまく問いを共有することができれば、
己という存在が歴史的な存在であるというこを感じることができるでしょう。


ヒトという生き物はなぜか「自我」を持ってしまいました。
「意識」をもってしまいました。「理性」をもってしまいました。

これにより”なぜ”から離れられなくなりました。
生きる目的、生きる意味・・・こういうある意味でフィクションを
作らないと不安に苛まれてしまいます。

でもそんなものは最初から与えられてなんかいません。
ヒトは最初から「欠けた存在」なのでしょう。

「欠けた」ものを補償したかったのでしょうか・・・
色々な物語や観念や思想体系、沢山の物理的なモノを作って所有してきました。
猪突猛進してきました。

でもそんな考えが壁にぶつかっているような気がするこのごろです。


豊かなのか貧しいのかよくわからない時代・・・。
たまには本書を手に、様々な問いに対して
多様なまなざしを向けてみてはいかがでしょうか?


問いを共有できさえすれば、何かが見えてくるはずです。



2011年8月25日木曜日

クレイジーフォー・ユーの魅力

できればいいな〜♪ やればできる〜でしょ〜♬




瞬間風速的に『CATS』を上回って僕を魅了しているミュージカル・・・。
それがこの『クレイジーフォー・ユー』です。

8月13日に初めて観劇して、心の底から感動に震えさせてもらいました。
古き良きアメリカ時代を背景に、男女のハートフルな恋愛物語を
ガーシュインの素敵な音楽とテンポの良いタップダンスと笑いで
一杯にしたのがこの作品。

1度見て雷に撃たれたような衝撃を受けましたが、
何にこれほど衝撃を受けたのか分からず、そしてあの楽しさと感動が忘れられず
8月20日にもう一度観に行ったわけです。

その後、『クレイジーフォー・ユー』の劇団四季オリジナルキャスト版と
オリジナルロンドンキャスト版を手に入れ、聴き比べてみて
改めて劇団四季の『クレイジーフォー・ユー』がどんだけ凄いかを
再確認した次第です。


それにしても、なにゆえこの作品はこれほど
自分にとって魅力的なんでしょうか?
絶対不動かと思われた『CATS』を瞬間風速的に越える
その魅力って何だろう・・・。
色々と考えてみて、いま分かった範囲の感想を
少しまとめてみたいと思いました。



ストーリー

劇団四季の作品紹介ページにストーリーが紹介されていますが、
典型的なアメリカン・ラブコメディといえるでしょう。
僕自身、ラブコメは好きな方ですが単にストーリーだけであれば
ここまで感動はしないはず。ストーリーを彩る他の要素があってこそ・・・。





ダンス

他の要素の一つがダンスです。
このストーリーはダンス無しには成立しないでしょ!
というくらい楽しくワクワクする観ていて感動的な
ダンスシーンが沢山あります。

特に、前半最後の”I Got Rythm”のダンスシーンは必見です。
あのタップダンスを観て感動しない人はいないのではないでしょうか。

俳優さん達の感情がそのままダンスになったよう・・・。
コミュニケーション・・・決して台詞だけでは成り立っていないことを
証明してくれます。色んな表現方法をもっているんですね。ほんと素敵です。





音楽

そして、この作品を彩る大事な要素、
間違いなくガーシュインの珠玉の名曲の数々。
この舞台を観る前からガーシュインの音楽は大好きでした。
特に映画『巴里のアメリカ人』で聴いた”I Got Rythm”は最高でした。

この舞台では、僕の好きな”I Got Rythm”の他にも聴いていると
踊りたくなったり、嬉しくなったり、泣きたくなったりと
音楽の万華鏡ともいうべき作品が沢山詰まっています。

そして、ガーシュインの名曲を劇団四季が舞台にする際に
素晴らしい日本語の詩を付けているんですね。
僕は最初、"I Got Rythm"を日本語の詩で聴くなんて信じられませんでした。
正直、ちょっと馬鹿にしていたくらい。
しかし、実際に舞台に行って松島ボビーや秋ポリーが歌っているのを聴くと、
言葉ひとつひとつが優しく楽しく心にスッと入ってくるではありませんか。

正直マジックかと思いました。

調べてみると、この作品の歌詞は劇団四季の関係者だけでなく、
ガーシュイン愛好者でイラストレーターでもある和田誠さんが
担当しているんですね。そして、またこれが素晴らしいんです。
曲と合わせて口ずさんでいるとその素晴らしさが分かります。
原曲でふんだんに使われている韻の調子を損なうことなく、
日本語で小気味良く韻を踏んでいるんですね。
恐れ入りました、ホントーに。

僕が大好きな1曲に「Nice Work If You Can Get It」があります。

これが原曲ではこんな詩になっていますが・・・

(原曲の最初の部分)
The man who only live for making money
Lives a life that isn't necessarily sunny;
Likewise the man who works for fame --
There's no guarantee that time won't erase his name
The fact is
The only work that really brings enjoyment
Is the kind that is for girl and boy meant.
Fall in love -- you won't regret it.
That's the best work of all -- if you can get it.
Holding hands at midnight
'Neath a starry sky...

Oh that is nice work if you can get it.
And you can get it -- if you try.
Strolling with the one girl
Sighing sigh after sigh...
Oh nice work if you can get it.
And you can get it -- if you try.




これが和田さんの手に掛かると・・・


お金のために働く人
名誉ばかりをほしがる人
そんな人生つまらない
若い時は二度とこない
たからほんとの人の幸せ
彼と彼女が顔見合わせ
恋に落ちること
それこそ素敵な仕事
星空の下 手をつなぎましょ

できればいいな
やればできるでしょ

肩を寄せて
ささやきましょ

ああできればいいな
やればできるでしょ


どうですか?
見事、日本語の詩でも韻を踏んでいますね。
そして、これを歌う、松島勇気さんやCDではオリジナルキャストである
加藤敬二さん演じるボビー・チャイルド。
この人たちの歌声がまた素敵なんですよね・・・。

この歌が流れるシーンは、愛するポリーを一旦はあきらめて
NYに帰ってきたボビーが、劇場を前にふとポリーを思い出し、
彼女への愛を再確認し、「ポリィィィ〜〜〜〜」と叫んで
銀行家の跡継ぎとかそういう一切合切を捨てて
彼女のもとへ走り出すシーンなんですよね。

僕はいつもこのシーンを観ると泣けてきます。

♬〜お金のために働く人
名誉ばかりをほしがる人
そんな人生つまらない
若い時は二度とこない
たからほんとの人の幸せ
彼と彼女が顔見合わせ
恋に落ちること
それこそ素敵な仕事
星空の下 手をつなぎましょ〜♬


人は生きるためには稼がなければなりません。
多少の名誉をほしがるのも人の常。
でも、そういうものよりも彼が愛したもの。
歌と踊りと彼の最愛の人、ポリー。
彼女のためにすべてを放り出してひたすら走り出していく・・・。

「できればいいな♬」から「やるしかないだろう♬」と覚悟を決めて。
この姿こそ僕が純粋に憧れ応援し共感する男の姿。
愛する女と一緒にいなくて何が人生じゃ!!と。

おそらく僕の中にある日常では出すことのできない
強烈な幻想というか妄想を、もの凄く純粋なかたちで実行し、
最後はハッピーエンドに昇華してくれるボビー・チャイルド。
この役柄に僕は何かを託しているんでしょうね。
「仮託」という方法を使って、想いを昇華し日常に戻っていく・・・。

ほんと、このミュージカルは色々なことを僕に与えてくれる
かけがえのない美しく愉しい最高のミュージカルです。

このミュージカルに関わった関係者全員に乾杯!!


皆さんもいかがですか?
こちらが劇団四季版。
加藤敬二さんがボビーで、保坂知寿さんがポリー。
このコンビ、鉄板です。




こちらはロンドンキャスト版です。
これはこれで素敵。


2011年8月22日月曜日

劇的なる生活 〜其の四『クレイジー・フォー・ユー』〜

ため息なんか用はない。お金もいらない。
小鳥は歌う、声合わせ、歌えば幸せ。
私も歌う、幸せだもの。
見てよ私が、手に入れたもの・・・。
このリズム、このミュージック、この恋、他にはいらない。



ニューヨークの銀行の跡取り息子でボンボンの
ボビー・チャイルドとネバダ州デッドロックの田舎娘のポリー・ベイカーの
底抜けに楽しく笑えて泣ける恋と笑いとダンスのラブコメディ・・・
これがクレイジー・フォー・ユー。

8月13日に初めて観て、あまりの素晴らしさに感涙し、
どうしてもあの感動が忘れられず、昨日2度目の観劇をしてきました。

ポリーの気を引くためにボビーはザングラーという他人を演じますが、
ポリーはザングラー(ボビー)を好きになってしまう・・・。
この微妙な三角関係を甘く切なく楽しくしてくれるのが、ガーシュインの音楽。

君は僕をキライというけれど、
でも君が恋したのは僕なんだよ・・・!?

いつの時代も恋の駆け引き、
そして恋する男女は美しいということを
教えてくれる最高の作品です。


ほんとね、この作品いいんだわ。
まずボビー役の松島さんが素晴らしい。
つい先日まで『アンデルセン』でバレリーナやってたくらいなので
踊りは超一流だし歌も上手。松島ボビーを見ているだけで元気になります。


そして、テス役の高倉さん。
最近は『CATS』のボンバルリーナをやっていて
そのスタイルの良さとダンスの超絶さはこの目で知っていました。
でもそれ以上にテスを演じる高倉さんは美しかった・・・。
ネコメイクをしていない分だけ、
高倉さんの素の美しさがこの役では引き立ちます。
手足が長いだけでなく、一つ一つの動作が際立っているんですよね。

心の底から美しいと思いました。
僕の前に座っている女性のお客さんも
「高倉さん奇麗ー!!」って見とれているくらい。

女性も見とれる美しさ・・・。
これは見逃せないでしょ。

そしてポリー役の秋夢子さん。
お恥ずかしながら僕、この方の演じるポリーに一目惚れしました。
勝ち気な田舎娘だけあって、ツンデレでヤンチャなんですけど
最後に見せるボビーとのはにかんだ幸せ顔・・・惚れるよあれは。


ほんと、ブログ書いてるだけで思い出して気分がウキウキしてくる
クレイジー・フォー・ユーです。

ボビー・チャイルドの生き方・・・憧れます。
僕も歌って踊って生きていけるといいなぁ、って。
でも僕はそういう風には生きられない・・・だから劇場に通うのです。





2011年8月21日日曜日

劇的なる生活 〜其の三『アンデルセン』〜

私の青春はまるで美しい童話そのものです。


7月16日にJCSを観たその足で連続観劇したのが『アンデルセン』です。

アンデルセンと言えば、少年少女がよく読む童話を沢山書いた名作家。
そして、彼の青春時代が美しい童話そのものだった・・・ということで
、彼の美しくも叶わぬ青春時代の恋を奇麗なダンスと素敵な歌で表現した
珠玉の一品が『アンデルセン』物語です。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン・・・。
舞台を通して、この人の生き方からも色々なことを教えてもらいました。

多様な人生の重要性。想いを伝える方法というのは必ずしも一つじゃなくていい。
想いがストレートに成就しなくても、それはそれで人生の1ページ。
大事なのはそこから自分をどのように方向付けて行くかということ。

彼の場合は成就しなかった恋を胸の中で温め続け、
それを美しい童話へと昇華させたわけですね。

彼が恋したバレリーナ、マダム・ドーロに別れを告げる時の
台詞がまたたまらんのですわ・・・。

「忘れるものですか・・・。あなたがたが僕の人生を開いてくださったのです。」

恋し、愛した女性に対する感謝の言葉。泣けました・・・。


舞台を観る・・・という行為は一体なんなのでしょうね。

僕は最近、「交換の儀式」なのかと思えるようになってきました。
舞台という非日常の場に、日常では決して「昇華できない想い」を託して、
俳優さん達に昇華してもらう。そして「昇華された想い」としての
感動や勇気や愛を返してもらい我々は日常に帰る・・・。

強く優しくしなやかに生きる。
僕にとって舞台は、そのためのなくてはならない要素になってきました。

劇的なる生活 〜其の二『ジーザス・クライスト・スーパースター』〜

私は理解が出来ない。
大きなことをしなければ、こんなにならずに済んだのに、時代もところも悪かった。
今なら世界も動かせた。昔のイスラエルじゃテレビもないさ。
気を悪くしないでくれよ、気を悪くしないでくれ。
考えを知りたいだけ、考えを知りたいだけさ・・・。







千秋楽の前日である7月16日に嫁さんと初鑑賞してまいりました。
A・L・ウェーバー作曲の『ジーザス・クライスト・スーパースター(JCS)』


キリスト教には浅からぬ関係のある僕の人生・・・。
おっかなびっくりでJCSを観に行きましたが、これがまた凄まじいのなんの・・・。
ジーザス役の芝さん、ユダ役の金森さん、このコンビは無敵じゃないのか・・・。


ジーザス、死までの7日間を描いた作品ですが、
一つのキリスト解釈として物語自体も楽しめました。


「救世主イエス」という視点ではなく、側近のユダからみた
「愛してやまなかった人間イエス」という視点で描かれています。


不条理な英雄としてイエスを解釈している僕としては、
2、3カ所台詞の内容を洗練したいところがありましたが、
現代人が読むキリスト物語としては、納得いくものではないでしょうか。




物語も素晴らしいのですが、それ以上に素晴らしかったのが”音楽”です。


ウェーバーの音楽と言えば、僕には『CATS』ですが、
それとはまったく違う次元の音楽。そしてこれがとてつもない。


そしてそれを、芝さんと金森さんが全身全霊で歌う・・・。
ユダの魂に取り付かれたように絶叫する金森さんがもの凄くユダでした。


特に、死して甦り、磔にされたジーザスに対して問いかけるように歌う
「スーパースター」には心の底から震えが来ました。


劇場で観る100分の1程度しかその魅力は伝わりませんが、
ここで少し雰囲気を味わうことが出来ます。


そこで歌われる詩が、ブログのトップに書いてあるものです。


その後に続くコーラスの詩が・・・
「ジーザス・クライスト、ジーザス・クライスト。誰だ、あなたは誰だ?」
ですからね。ほんとにもう、ユダの慟哭以外の何ものでもありません。


7月17日で終ってしまいましたが、この超絶舞台、
次にやってきた時は未見の皆さん、是非その身体で舞台の凄まじさを体験ください。

劇的なる生活 〜其の一『CATS』〜


私の人生にとって、2011年は本当に間隙に観劇して感激する年です。
2010年末に初めて劇団四季に足を運び、
その時はそれほどハマりはしなかった舞台・・・。

今年の震災後、3月後半に観た『CATS』が全ての始まりでした。
そこから恐ろしいほどの勢いで『CATS』を始めとする様々な演目を
四季の舞台で楽しませて頂きました。

さっき数えたら、『CATS』は計19回観ていました(笑)。
6月20日に10回目を観ていますので、2ヶ月で9回も観ていることになります。
もうここまでくると病気というか、生活の一環ですね。

『CATS』の魅力はこれまで散々書いてきたので、繰り返しませんが
他のミュージカルと見比べた時に気付いた魅力として
「客席と舞台の近さ」を見落としていました。

『CATS』は舞台と客席が本当に近く、
俳優さんたちと鑑賞者との距離が殆どありません。

ネコたちが頻繁に客席を歩き回ってくれます。
舞台の最後にはネコ達が客席を握手するために
動き回ってくれます。これがなんとも愉しいんですね。
俳優と鑑賞者が一緒に舞台を盛り上げるというか、なんというか。

そもそもそいういう狙いがあって
創られた劇場ですからね、キャッツシアターは。
あそこ以外は、舞台は舞台、客席は客席という作りになっていますし。

ここ最近の『CATS』感激においては、嬉しい出来事がいくつか。

一つ目が「最前列」での鑑賞が叶ったこと。
最前列というのは予約しようとしても人気がありすぎて
殆ど予約できないんですよね。
しかし、先日、最前列を譲ってくださるお方がいて
念願叶って奥さんと最前列鑑賞ができました。

回転席&最前列の魅力は言葉にあらわせないものがありますね。
舞台って生きているんだなーということを肌身で感じることが出来ます。
俳優陣の息吹が伝わってくるんですよね。凄いです、ほんと。


二つ目がボンバルリーナを演じる西村麗子さんと、
2度も言葉を交わせたこと!!

西村さんは、私にその存在を持って
『CATS』の蘊奥を教えてくれた最高の女優さんです。
西村さん演じるボンバルリーナは、
ネコとして成熟した孤高の哲学&爆弾ネコです。

虚空を見つめる姿、タガーと絡む姿、ランパスと踊る姿、
マキャビティを歌う姿、ミストを見つめる姿、一つ一つが
強烈なメッセージを発しているかのよう・・・。

西村さんの演技を通して、色々と教えて頂いたわけですね。
だから、僕は「ボンバル麗子様」と勝手に慕っていたわけですw。

ですのでチャンスがあれば御礼の言葉を伝えたいな、と・・・。

そのチャンスが、ここ2回の観劇でやってきたんですね。
舞台右端のC席に2度座る機会がありました。
そして、舞台終了後の握手の時間において
「最高の舞台をありがとうございます」と一言御礼を述べて握手を!!

そしたらボンバル麗子様が
「ありがとうございます。これからも頑張ります。」と声をかけてくれました。
メチャクチャかっこよかったです。一目惚れならぬ、猫目惚れしましたね(笑)。
※2度目に御礼を述べた時は「ありがとうございます。精進します。」と


過酷な練習を乗り越えて選ばれた人たちによって作られる素晴らしい舞台。
常に最高の舞台を魅せ続けてくれる劇団四季俳優陣の皆さん、
これからも素敵な舞台を魅せ続けてください。



2011年6月20日月曜日

祝!10回目のCATS観劇。


好きで行っていて「祝」もなにも無いんですけど、
今日の観劇で合計10回目となりました。

3月半ばから3ヶ月で計10回なので、
平均月3回はCATSシアターに足を運んでいることになります。
ここまでくると、ハマったとか好きとか以前に病気ですね(爆)。
でも直す気は全くないんですよね。
観れば元気に、そして深く考えるようになるので。
もう生活の一部ですよ、このミュージカルは。

流石に10回も観ると、もう発見は無いだろう、
と思っていたのですけど・・・。

キャストが変わると、そこには
また新しい物語が生まれるんですね・・・。

今回の舞台で電撃が走ったのはグリザベラ・・・。
今週からキャストが木村さんから織笠さんに変更となりました。

過去9回、全て木村さんのグリザベラでしたので、
一体どうなるんだろうと期待半分、不安半分での観劇でした。 

期待は、新しいグリザベラの世界が観れること。

僕はジェリクルソング時の木村さん演じるお尻フリフリの
キュートなダンスで魅せるグリザベラが大好きなので、
今度はどうなんだろー?と。
それから、織笠さんはあまり高い声が出ないよ
という前評判を聞いていたので・・・。
これが残り半分の不安でした。

結果は・・・ジェリクルソング時のダンスは
フリフリがなくてちょっと残念。
でも、劇中のグリザベラをみて、不安は吹っ飛びました。

凄い、ほんと凄い。織笠さん演じるグリザベラは凄すぎる。
何が凄いって、僕がイメージするグリザベラ像を
完璧に演じきった上に、さらにその倍くらい上を行っている。
あの物語を冷静に分析すると、
絶対こういう表情、絶対こういう声を出すはずだ、
というグリザベラ像が僕にはあるんですね。
僕なりの詩『CATS』解釈とでも言うかなんと言うか・・・。

その世界観を完璧に表現されている。
これを凄いと言わずなんと言えばいいんでしょう。

ラム・タム・タガーの後の初登場のシーンで、
背筋がゾクッとしました。歩くだけでグリザベラの人生を
表現しているんだもん!!なんか凄い予感・・・。

その予感は見事に的中。
前半最後のジェリクル舞踏会の後のソロシーン。
あれはほんとに衝撃でした。胸を鷲掴みされたような感じです。

織笠さん演じるグリザベラはほんと動かないんだ。
そして動かないことでもの凄いメッセージを発するんだ。
そして、ようやく動き出すと、その動きがまた切ないんだ、これが。

過去、10回観て、前半のグリザベラで泣いたことなんか
1回も無いんですけど、今回は震えました。
ほんと、衝撃で声を失いました。
昔は美しかったグリザベラ、それが娼婦猫として
歳をとり老いさらばえてしまう・・・。

すがりつきたい昔の栄光、すがりつかざるを得ない過去の自分。
そういうもろもろの複雑な心理状況が織笠さんのグリザベラには
余すことなく表現されていると感じました。

織笠さんの歌うメモリーは、
僕にはグリザベラの慟哭にしか聞こえませんでした・・・。
それが激しく僕を揺さぶりました。
ほんと凄い、凄まじい・・・。

嫁に聞いたら、やっぱり高い音があんまりねー、とか言っている・・・。
「馬鹿たれ!!観るべき聴くべきとこはそこじゃねーだろ!!」と
休憩中に話し合いをしたら、
そんな観点では一切観てないようでした(笑)。

まー、ミュージカルに何を求めるかは人それぞれなので、
何も言いませんが、グリザベラに単に歌の上手さを求めても
しゃーないだろーというのが僕の意見です。

そう言う意味でも、僕は織ザベラがマイベストです。
織ザベラのお陰で、過去9回観てきたCATSの舞台が
全く違う舞台に見えました。

過去の栄光にケリを付け、今の自分と向き合い、
最後は一人歩き出す勇気を持つ・・・。
それを素直に感じる子供(というか子猫シラバブ)に導かれ、
最後は天上に昇る・・・。もの凄くメタフォリカルで
キリスト教的な救済の物語に見えてしょうがなかった。

子供(の猫)の素直さを通して、
大人(の猫)も自分のあり方に改めて向き合う。

この辺も、もの凄く象徴的なんだよなー。


ほんとT.S.エリオットのメタフォリカルポエムが
A.L.ウェーバーの素晴らしい音楽に彩られ、
豪華なキャストに演じられる時、
舞台にはある意味で「奇跡」が起きてるんだろうね。

ほんとそう思いました。


それから、先週、オフステージトークで話を聞けた
キャストの人たちがもの凄く身近に感じられる舞台でした。


今日の観劇後もオフステージトークがあり、
ミストフェリーズ演じる岩崎さん、マンゴジェリー演じる斉藤さん、
ラム・タム・タガーを演じる李さん、グリザベラを演じる織笠さん、
ランペルティーザを演じる大口さん、カッサンドラを演じる井藤さんの
素敵な話を聞くことが出来ました。

特に大口さん演じるランペルティーザは神がかった可愛らしさですけど、
素の大口さんはどっちかというと男前な印象をうけました(笑)。
井藤さんも(笑)。


ほんと、CATSのお陰で毎週素敵な週末を過ごせています。
キャスト&スタッフの皆さん、ありがとうございます!!

2011年6月12日日曜日

ジェリクルな人たち(9度目のCATS)


本日、9度目のCATS観劇に行って参りました。

観れば観るほど、『CATS』という世界観の
奥の深さに感動するのですが、
本日は観劇後のオフステージイベントに参加することができ、
感激もいつも以上に!!

ほんとねー、キャッツ、素晴らしいの一言ですわ。
猫の視点で猫の世界を観る・・・。
都会のゴミ捨て場に年に一度集まり、
各々の生き方を認め合いながら、新しいいのちを与えられる
一匹のジェリクルを選ぶセレモニー・・・。

僕は思います。
真の芸術というものは
一つの固定した解釈を許さないものだと。

まさに『CATS』は観るたびに新しい発見、
新しい解釈を与えてくれる不思議な世界。

エリオットの豊穣な詩の世界と
ウェーバーの素晴らしい音楽、
そして魅力的なキャストによる
生命の躍動を伝えるパフォーマンスの数々・・・。


今日は嫁さんと嫁さんの職場の元先輩である女性と3人で
感動を味わいにいきました。
感動を共有できる人が多いのはいいことですね。
観劇後に「あれが良かった、これが良かった」と
感想を共有できるというのは何よりも贅沢なことだと感じます。

特に、今日のキャッツは出来が良かったと思います。
いつもいいんだけど、とりわけ今日は良かったです。

ガスとジェリロの切ないやり取りに涙ポロリしましたし、
最後のグリザベラの「メモリー」は
ここ最近の木村さんの出来としても
最高級に近いのではないでしょうか・・・やはり泣けました。

木村さんはほんと素敵。
いつも書いていますが、ジェリクルソングにおいての
ダンスが僕はほんと好きなんですよね。

ほんのちょっとしたお尻フリフリの仕草とか
ほんと愛おしい猫ちゃんという感じで(笑)。

今日は特に、ソロシーンを持たない
キャッツ達に目がいきました、
そして、一匹一匹がほんと
躍動感溢れるいい演技をしていますねー。

台詞は少ないものの、ジェリクル舞踏会にて
アクロバチックで優雅なダンスを披露してくれる
川野さん演じるタンブルと井藤さん演じるカッサンドラ。
二人とも端正な顔つきでらっしゃるので、いちゃいちゃシーンが
あまり甘くならず、大人の素敵な恋愛って感じでチョーGOOD!!

ジェミマ演じる小笠さん、とシラバブ演じる五所さん・・・。
二人とも子猫役なので仕草がほーんとに可愛らしい。
今日はC席ということもあり、
仕草の可愛らしさを堪能させてもらいました。

タントミール演じる原田さんは動きが優雅でしたねー。
ほんと上品な猫って感じで観てて気持ちがいいほど。

ヴィクトリア演じる廣本さんもほんとしなやかで美しかった。


そして男性陣。


コリコパット演じる横井さん、ランパス演じる高城さん、
カーバケッティ演じる光山さん。
皆さんソロシーンこそありませんが、ほんと魅力的です。


そして孫悟空猫の新庄さん。
もっともっと輝いていって欲しい俳優さんですね。


マキャヴィティ演じる桧山さんには、
今日、握手してもらいました!!




ほんと、24匹それぞれ個性的な猫達。
いつ観てもいずれかの猫に自分の
ある一面を投影してみてしまいます。


今日も素敵なステージをありがとうございます。


そしてそしてそして・・・。
今日はステージの後で、オフステージイベントに参加できました!!

ステージを終え、私服となったキャストの皆さんと
50分間のトークイベントに参加してきました。
これがねー、またまた最高なんだわ。

参加されたキャストはマンカストラップ演じる武藤さん、
オールドデュートロノミーを演じる米田さん、
最近の僕の一押しであるジェリーロラムを演じる金平さん、
そして孫悟空なギルバートの新庄さん、
仕草がチャーミングが子猫ジェミマ演じる小笠さん、
そして気品のある優雅な猫ヴィクトリアを演じる廣本(?)さん。


MCを武藤さんがつとめ、最初の30分くらいは
キャスト陣のトークショー。
そして残り15分で観客との質疑応答。
最後の5分くらいでクイズ&プレゼントコーナー。


あっという間の50分だったのですが、
観客との質疑応答コーナーで、
幸いにも質問させて頂く機会を得ました。


ちょー緊張しましたが、僕からの質問は以下の通り。


「毎日同じ役を演じるにあたって、
慣れや甘えが起きないよう、キャストの皆さんはどのような
心がけでステージにあがるのですか?」
というもの。

人は同じことを続けていると、どうしても甘えや慣れから
仕事が雑になったり崩れたりしてしまうものです。

そういう自分の一面と闘うために、各自どういう心がけで
日々を過ごし、ステージにたっているかを知りたかったんですね。

感激で正確には自分がなんて質問したか、
キャストの人たちがそれぞれ
何て回答くれたのかウル覚えなんですけど(爆)。
それぞれ回答してくださった方の中で、
とりわけ印象に残った方のコメントを以下に。


武藤さん:
僕は毎回舞台に上がるのが怖い、緊張すると。
だから一回一回に命を削って全身全霊で当たる、と。
しかし、慣れてくるとお客さんの声が聞こえなくなるので、
そこだけは細心の注意を払っている、ようなことを回答くださいました。
それも最強の武藤スマイル付きで。
やっぱこの人チョーカッケー。プロだ。

米田さん:
毎回同じ舞台を演じていると見えるかもしれないけど、
キャストの状態、お客様の状態含めて同じ舞台は一度も無い。
だから演じていて慣れる、飽きるというのも無い。
表現はもっと素敵だったと記憶していますが、
だいたいそんな感じのことをおっしゃっていました。


小笠さん:
毎回舞台に上がるたびに、お客さんのターゲットを決めて、
舞台が終るまでに絶対この人を笑顔にする、
と心に決めるんだそうです。
毎日の舞台がやり直しできない真剣勝負の場なんだ、
というプロ意識を感じさせる力強い一言でした。
そして、「次はあなたをターゲットにして笑顔にします。」と
おっしゃってくださいました。リップサービスかもしれませんが
客としてはほーんとうれしい一言です。


廣本さん:
この人の一言も強烈でした。
「私はCATSという舞台、自分が演じる役を信じている。」と。
だから、自分がどうのこうのではなく、
その役がきちんと活きた役になるように精一杯やるんだ、と。
毎日キャストやスタッフの人に支えられるので、
自分の役に真剣に臨めるんだと。



真剣に日々を活きている人たちの言葉って素敵ですね。
これからも『CATS』、観続け、応援していきたいと思います。


キャストの皆さん、頑張ってくださいねー!!

それでは、また、劇場で!!

2011年5月29日日曜日

8度目の『CATS』


〜心が前を向く〜


観てきました、お約束の『CATS』。これで通算8度目です。

実は『CATS』は先週も観たのですけど、
今週頭にキャストの変更が発表され、嫁さんが大ファンの
岩崎晋也さんがタンブルブルータスからミストフェリーズに
役をコンバートすることに・・・。

嫁、舞い上がり〜、ということで急遽チケットを手配することに。
先週はB席のミストフェリーズと握手できる席で観劇しましたが、
今回はソールドアウトしていました。

よって、嫁にお願いをし、僕の大好きな武藤寛さん演じる
マンカストラップ席を予約してもらいました。


午前中、職場で少し仕事をし13時開演に間に合うよう横浜へ。
天気はあいにくの雨でしたが、
『CATS』を観るためならなんのその・・・。


開演まで嫁さんと劇場のゴミの山を一つ一つ鑑賞し、いよいよ開演。

出てきました岩崎ミスト!!
岩崎さん演じるミストはなんと言うか、
もの凄くチャーミングなんだなー。
岩崎さん演じるタンブルブルータスは美しい!!の一言なんだけど、
役が変わるとまた役者さんの違った側面が見えて楽しいですね。

これまで観たミストは、松島さん、永野さん、そして岩崎さん。
皆それぞれ個性的で誰が演じても甲乙付けがたい・・・。

もともとミストフェリーズは、最高の天才児でグレートマジシャン。
大人しくて小さな可愛い黒猫という位置づけ。

松島ミストは「マッチョで激しいパワフルな黒猫」って感じ。
永野ミストは「いかちくてユーモラスで楽しい黒猫」って感じ。
そして岩崎ミスト・・・なんとなく一番原作に近いイメージ。

皆、それぞれ個性的で最高なんですけどね。

今日はマンカス席、ホール正面の最後尾の席、ということもあり
舞台全体が奇麗に視野に治まり、新しい発見が幾つも・・・。

①ジェリクルソングにおける木村智秋さん演じるグリザベラの
ダンスが滅茶苦茶可愛いということ。
特に、キッチンの上でしれーっと踊ってる感じが何ともたまらない。
何なんでしょうね、あの感じ。
どこか高倉さん演じるボンバルリーナの優雅さにも繋がるんだけど、
木村さんは木村さんで独特の可愛らしさ&優雅さがあるんだよなー。

②ジェニエニドッツの動きが良ーく分かった。
鈴木さんの「はい!はい!はい!」とゴキブリちゃん達を
躾ける感じも元気出るし、「こらーーっ!!」って叱ってる姿も
凄く可愛らしく微笑ましいものでした。

③そして李さん演じるラム・タム・タガー。
登場するや否や「みゃお」って・・・。
あれを決められるのは相当の色気が無いといけないと思うが、
ばっちり決めてくれた。李さん、ちょーいいよ。
もう、李さんタガーは本人を見続けるのがいい。
ミストの登場シーンで影を使ったパフォーマンスがありますが、
李さんタガーの場合、影を見ているより本人を観ていないとダメだ。
ニーチェじゃないけど「この人をみよ!!」なのだ(笑)。

④今日の新しい「勝手な」発見として
オールドデュートロノミーがあります。
あれって実は劇団四季の親分である浅利慶太さんなんじゃないか?
ここ最近、カンブリア宮殿の劇団四季特集を初めとして、
浅利慶太さんを調べていたからかもしれませんが、
何となくオールドデュートロノミーが
浅利慶太さんとオーバーラップしました。

⑤これも新しい発見。
金平さん演じるグリドルボーンの
素晴らしいこと素晴らしいこと・・・。
これまで僕は朴さんのグリドルボーンが好きでしたが、
今日の金平さん演じるグリドルボーンをみて、
こういうグリドルボーンもたまらなく魅力的だなーと思いました。
朴さん演じるグリドルボーンは個人的にはルパン三世の
峰不二子的な感じがして好きだったんですね。
奇麗で可愛いんだけど、ちょっと意地悪・・・みたいな。
それに対して金平さん演じるグリドルボーン。
誰に似てるとはパッと浮かびませんが、
本当の美しい性悪女という感じがして、こういう子とつき合ったら
完全に自己破滅するだろうなという感じを
思わせるところがまたいいんだわ。
金平さん参りました!!

⑥そして、高倉ボンバルと岩崎ミスト!!
高倉さんのボンバルリーナはほんとしなやかで美しい。
歩き方一つとっても品があって奇麗だ。
見とれるキャッツ!!って感じ。
岩崎さんは先に書いた通り可愛くかっこ良かった。
6ヶ月ぶりに岩崎ミストをみました。

⑦そして最後に、私のヒーロー、
ジェリクル守護神マンカストラップ。
最後に握手してくれた時に、手の出し方、握手の仕方、
握手後の決めのスマイル・・・どれをとっても完璧でカッコいい。
僕もあんなにかっこ良くなれたらなーとため息が出るくらい。


その他、最初から最後まで見所だらけのジェリクル達でした。
シラバブがメッチャ可愛かったり、
大口さん演じるランペルティーザは神がかった可愛らしさ。
その他、僕個人的には高城さんのランパスキャット
がとても好きなんだけど、彼のソロシーンが欲しいところ。
美しいんだわこの人。


ほんと、『CATS』をみていると自分の中の何かが
解放される感じになって気分が軽くなるんだよねー。
『CATS』キャッチコピー「心が前を向く」に偽り無し!!

最後はスタンディングオベーションも出来たし、
最高の週末となりました。

『CATS』はあなたの中の野生を目覚めさせる・・・。
観ないで死ぬのはソン、そん、損。

2011年5月15日日曜日

ミュージカル/夢から醒めた夢




日常では決して昇華されることのない様々な想いを、
役者に託し昇華する場所・・・それが舞台なのかもしれない。


昨日に引き続き、今日もミュージカルを観劇してきました。
観たのは東京公演千秋楽となる赤川次郎原作の『夢から醒めた夢』です。

このミュージカル。
職場の素敵なオネー様の勧めで観ることにした作品で、
5月15日の千秋楽が僕にとっての初観劇となりました。

「CATSで泣けるんだったら、多分好きだと思うよ」

そう言われていたので、大いに期待して劇場に足を運びました・・・。
とてもいい話で、心震えて涙流れたりして?
なんて考えていましたが、僕の考えは甘かった・・・。

観劇中に嗚咽して死にそうになりました(爆)。
嗚咽と言っても観劇中なので、声を漏らすわけにもいかず、
声を殺していたら涙と鼻水が唇に・・・
呼吸困難&顔ぐちゃぐちゃですわ。

ぼかぁーね、諸事情あってこういうテーマに弱いのですよ。
そういう弱いところに、非のうちどころのない演技をされたんですもん。
嗚咽せずにはいられませんわな・・・。
これはもうしょうがない。ひたすらまいりました、というだけ。


でもほんとね、この作品には感動させられましたよ。
これまで観たCATSや美女と野獣とは全く違った世界観ですね。
ほんと、言葉ではなく照明の加減によって
言葉を越えた説明をしていたり、舞台に別次元をつくりだしたりと。
よく演劇というのは総合芸術だと言いますが、
ほんとその通りだなと改めて痛感しました。


そして役者のみなさんも凄かった、ほんと凄かった。

ピコ役の岡村さん。
原作ではピコは9歳です。
もちろん岡村さんは9歳ではありません(笑)。
でもね・・・元気いっぱい、不思議大好きの
女の子に見えるんだからこれ不思議!!
ほんと、細かい仕草が小さな女の子そっくりなんだわ。
まじで巧い!!


そして、幽霊であるマコ役の苫田さん。
もーね、あんたのせいでこっちまで呼吸困難で
幽霊になるところだったよ。どーしてくれんのよ?
死んだら友達なってくれんでしょうね、ピコみたいに・・・。
まー、そんだけ上手で感動的だったということなんですけど(笑)。


そして死んだ娘を思い続けるマコの母役の早水さん。
もう、この人別格だ・・・。
CATSをはじめて観たとき、グリザベラを演じていたのが早水さん。
この人の歌唱力は半端無いです。
この方、グリザベラを演じられるくらいなので、
歌だけではなく存在そのもので演技が成り立っちゃうんですよね。
ほんと凄かった。うちの嫁さんは、正直なところ、
この作品の良さをつかみ損ねていたようです。
でも、早水様の歌唱ではその腐った性根を揺さぶられたようで
涙しておりました。これでヤローも愛というものを知ることでしょう。
ほんと早水、様、様です。


ほんと、心から観てよかったー!!とおもう作品でした。
半年、もしくは1年に1回はこの作品を観劇し、乾いた心に
人を思う優しい気持ちというなの水を与えたいなぁーと。
※さすがにこの作品は毎週観れない。観たら涙で干涸びるわ・・・。

今日で東京公演は終わり、今度は5月28日から
名古屋での公演が始まるみたいですね。
東京同様に、名古屋での成功も祈っています。

あー、それからもう一つ感動的な出来事が!!
昨日できなかったスタンディングオベーションでの拍手、
今日はできました!!劇場は満席でしたが、そのうちの
7割近くが最後にスタンディング状態で割れんばかりの拍手を!!

役者の皆さんと観客が一体になったかのような瞬間でした。
やはりミュージカルはライブ。観て感動したら惜しみない拍手を
全身で表現したいものです。それが出来てほんと満足でした。

僕は今日の観劇を通して、
何ゆえヒトは演劇というものを創ったのかが、
ほんのすこーしだけ皮膚感覚で分かったような気がしました。
その辺のお話はまた今度。
夢で逢えたら語って聞かせましょう・・・。




原作の『夢から醒めた夢』/赤川次郎さんの絵本です。
先ほどAmazonから届いて10分くらいで読み終えました。
原作は小説かとおもいきや、絵本なんですね。
・・・はっきりいってミュージカルとは別物だと思った方がいい。
劇団四季の作品の方が圧倒的です・・・。

2011年5月14日土曜日

観劇、感激、ミュージカル『CATS』



本日、通算6度目の『CATS』観劇・・・・。
ほんとは行く予定はなかったのですが、
つい3日前にCATSの中で最初に流れるジェリクル・ソングの
詩の面白さの秘密に気付いてしまったため、
どうしても劇場に行きたくなりました。


嫁さんに相談したら、即チケットを手配してくれたので
本日2人で観劇してきた次第です。


観劇した結果は感激!!


感激のポイントは色々ありますが・・・

①4月30日に観劇した時より出演者の皆さんの
コーラスが冴えているように感じたこと。

②ジェリクルソングの場面にて、ようやくグリザベラを発見できたこと。
これまではグリザベラがいることすら気付かなかった・・・。

③ネーミング・オブ・キャッツの場面にて、
嫁さんがハマっている 斉藤さん演じるマンゴジェリーに
嫁がロックオンされ「キュン死」したこと。見てて面白かった(笑)。

④4月30日に観劇したときと見違えるくらい李さんの演じる
ラム・タム・タガーがかっこ良かったこと。正直見とれました。
※4月30日はキャスト変更2日目だったようで、あれから約2週間・・・
役を自分のものにしきって余裕が生まれたのでしょうか?
マイケル・ジャクソンばりの雄叫び!!かなり似合ってました。
ミストフェリーズのシーンでも影を大分使いこなしてた?
→ダンス激しくてはみ出してたけど(笑)。

⑤4月30日にカッサンドラを演じていた大口さんがランペルティーザへ
役が代わり、さらにその姿が死ぬほどめんこかったこと。

⑥バストファージョーンズの場面にて、ネコのコネタを発見したこと。
ネコのコネタ発見はCATS観劇の楽しみでもありますね。
今回は、雄ネコがほとんどバストファージョーンズへおべっかを
使ってる間、高貴な雌ネコであるタントミールがくだらないとでも
いうかのように昼寝してた(笑)。

⑦ランパスキャット演じる高城さんのさりげないダンスが
めちゃくちゃ上手であることに気付いたこと。
ランパスキャットがソロで活躍する場面を増やして欲しいところ・・・。

⑧ヴィクトリア役の廣本さんが、こっちむいてニコッとしてくれたこと。
奇麗だったなー。

⑨その他
武藤さん演じるマンカストラップは
いつも安心して観て感動できます。
鈴木さん演じるジェニエニドッツもほんと元気貰えるなー。
飯田さんと朴さん演じるアスパラガス(=グロールタイガー)と
ジェリーロラム(=グリドルボーン)。
この二人の演技はいつ見ても泣ける。
後半開始早々、この二人がジェリクルのテーマに楔を打ってくれる。
岸さん演じるスキンブルシャンクス。今日握手して頂きました(笑)。
僕、この人のパフォーマンス好き!!
だって観ていた楽しいレイルウェイ・キャットなんだもん。
そして、高倉ボンバルリーナ。
相変わらず、流れるような優雅なダンス。
いつ観てもその動きに魅了されるわ。
いつかこの方のタントミール観たい。
そして僕の大好きなミストフェリーズ!!
永野さんの演技良かったっす。あのマジカルターンはほんと唸る。
あとは永野さんのネコてきコネタも大好き!!
締めの木村さん演じるグリザベラも相変わらず素敵ですわ。
あと親分猫オールドデュトロノミーの最後のお茶目な仕草・・・。
米田さん巧いです(笑)。
最後に、嫁一押しの岩崎さん演じるタンブルブルータス。
あの人の色気は反則だな。


こうしてポイントなるものを列挙してみて分かるけど、
CATSって何がいいの?って聞かれたら、
結局は「全部いい」としか答えられんわな。


今日のCATSはため息がでるほど素晴らしかったです。
劇場ってスタンディングオベーションってありなのかね?
正直今日のレベルはスタンディングオベーション級だったんだけど。

立ち上がろうとしましたが、後ろの人に「おまえ見えねーよ」
とかって言われたらどうしようと考えて、
結局たちあがれんかった・・・出演者の皆さん、ヘタレですまへん。

2011年5月8日日曜日

ミュージカル『美女と野獣』を観ました


今日はゴールデン・ウィーク最終日です。
最終日は素敵な時間で締めましょう・・・ということで
奥さんと二人で大井町にある劇団四季の四季劇場「夏」へ出向き
ミュージカル『美女と野獣』を観劇してまいりました。

思うに、ミュージカル作品の良さがわかるのは
2度目の鑑賞からなのかもしれません。

『CATS』の場合もそうでした。
1度目の鑑賞時は何に着目していいか分からないまま、
ひたすら楽しかっただけでしたが、2度目からは
より深い楽しみのコツが分かり始めました。

『美女と野獣』も同じで、はじめて観たのが今年の3月。
正直、ディズニー版の『美女と野獣』は
それほど好きというわけではなかったので、
大して期待していませんでしたが、四季版は凄かった。
あまりの出来の良さに、ひたすら感動して帰ってきたのを覚えています。
しかし、楽しく感動いっぱいで帰ってはきましたが、
自分の中では四季版の『美女と野獣』の魅力を
楽しみきれたようには感じていませんでした。
(まぁ、贅沢な話なんですけどね)

で、2ヶ月後の今回・・・。
もーヤバかったですね。
俳優さん一人一人の立ち回りから、舞台演出まで
ほんとよく目に入りました。

まず、ベルを演じられていた坂本里咲(りさ)さん。
何なんですか、この方?
奇麗でキュート、歌も素晴らしい・・・。

オープニングの「ベルは変わってる」を見て聴いて、
僕はソッコーで心奪われました。
嫁から、坂本さんの実年齢を聞いても全然信じられないくらい
若いし奇麗だし、とてつもなく可愛い。


思うに、あれは反則ですね。
坂本さん演じるベルを見て、
心を動かされない男性などいないでしょう。
でも、恋には落ちません。
なぜなら、ベルには素敵なビーストがいるから(笑)。


ビースト役は前回同様、佐野正幸さんが演じられていましたが、
佐野さんのビーストはほんと素晴らしい。
茶目っ気溢れるビーストのシーンでは微笑ましいし、
切ないモード全開のビーストのシーンではひたすら泣けてくる・・・。
もう、なんとしてもベルと幸せになって欲しいと思えてくるほど
いい男なんだよなー。

ベルとビーストの関係を美しく、
感動的なレベルに引き上げてくれている田島さん演じるガストン・・・。
田島さんのガストンがなければ、
おそらく僕もこれほどこの作品に感情移入することはないだろうと
確信できるくらい、田島さんのガストンは凄い!!
※他の方のガストンは見たことないんですけどね(笑)

今回は2度目の鑑賞ということで、
2人の演技も色んな角度から楽しめるようになりました。
まー、正直、楽しめたというのは嘘(?)で、
あまりの感動に後半はずーっとボロボロ泣いてなんだけどね(爆)。
見終わってから、ひたすら感動と涙でクタビレタのが今回です。

ボロボロ泣きつつも、自分が『美女と野獣』に何を感じて
心を動かされていたのかもある程度はっきりしました。
本エントリーには書きませんけど(笑)。


本当に、今回の『美女と野獣』は感動と笑いと発見多きものでした。


劇団四季の皆さん、いつも感動をありがとうございます。

2011年5月7日土曜日

岡本太郎展に行ってきました



岡本太郎が誕生して今年で100年目となりますが、
それを記念して東京国立近代美術館にて岡本太郎展が開催されています。


いこういこうと思ってなかなか行けなかった岡本太郎展ですが、
本日ようやく行くことが出来ました。

これは見ておいた方がいい。
岡本太郎に興味が無い人であっても、なんらかの刺激を得るはずです。

岡本太郎の作品が130点近く、7章だてで展示されていました。
各章のタイトルは以下の通りです。

1章:ピカソとの対決
2章:「きれい」な芸術との対決
3章:「わび・さび」との対決
4章:「人類の進歩と調和」との対決
5章:戦争との対決
6章:消費社会との対決
7章:岡本太郎との対決


一目で分かると思いますが、岡本太郎の人生は「対決」です。
展示場は、時代ごとに彼がなにと戦ってきたのかが
分かるようになっている非常に優れた展示構成でした。


戦う芸術家、岡本太郎・・・。
僕の中では、とびきりカッコいい芸術家・・・。

彼のパートナーだった岡本敏子さんが言っています。




闘うことに、彼は運命を賭けてしまった。
もっと、ほかの生き方もあったかもしれないのに。
闘うことが面白かったからだろうか。




岡本太郎本人はこんなことを言っています。


たった一人だけでも、「ノン」という。
時代に逆らう人間がいないといけない。


「生」を押さえつけようとする伝統や常識、
あらゆるものに対して、ひとり挑み続けた男。
それが岡本太郎。彼はなぜにあれほど情熱的に
自分の生涯を戦いのアートに捧げたのか・・・。

130点近い作品を一つ一つ鑑賞して分かるのが、
そこには何かからの解放や、
何かに対する抵抗が描かれているということ。

解放のための解放、抵抗のための抵抗ではない。
「生きる」ことへの情熱が彼をあそこまで駆り立てたのだろうか・・・。

4章のコーナーに「太陽の塔」の縮小版があり、
その側で岡本太郎のVTRが流れていました。

彼の発言やメッセージ、制作に取り組む表情をみていると
勇気づけられると同時に泣けてくる・・・なんでだろ?

僕のなかでは岡本太郎はヒーローなんだね、たぶん。
彼が沖縄で起こした問題も知っていますが、
それでもやはり彼はカッコいいよ。
カッコいいだけでなく、「明日の神話」の実物を見て、
本当この人の才能は素晴らしいと思いました。

以前ブログにも書きましたが、本で読んだ以上に
作品そのものが語るメッセージは雄弁だと思いました。


展示場の最後のセクションに、
岡本太郎の言葉が壁一面に書かれている場所があります。

彼の言葉一つ一つも、僕にとっては魅力的なんです・・・。
メモってきたので、皆さんと共有して
このエントリーを終わりにしたいと思います。


岡本太郎の言葉


たった一人だけでも、「ノン」という。
時代に逆らう人間がいないといけない。


自分に対してこそ、最も残酷でなければならないのである。


いのちを賭けて運命と対決するのだ。その時、切実にぶつかるのは己自身だ。
己が最大の見方であり、また敵なのである。


絶対に自分自身と妥協しないことを決意しなければいけない。


用心深く、おや臆病に今までの使い古されたパターンをなぞってなにになるか。


いつも危険だと思うほうに自分を賭ける。それが生き甲斐だ。


いつも自分に、そして世界に、新しい眼で見入る。
見慣れたものを見慣れたふうに、惰性的にかたづけるというのはごまかしなのだ。


人に理解されたり、よろこばれようなんて思うな。
むしろ認められないことを前提として、自分を猛烈に突き出すんだ。


好かれるヤツほどダメになる。


人生に命を賭けていないんだ。たからとかくただの傍観者になってしまう。


怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ。


下手のほうがいいんだ。笑い出すほど不器用だったら、
それはかえって楽しいじゃないか。


挑戦した上での不成功者と、朝鮮をさけたままの不成功者とでは
まったく天地のへだたりがある。


もっともっと悪条件のなかで闘ってみることだね。


うまいと評判の絵にろくな絵はない。


何でもいい。見物人ではなく、とにかく自分でやってみよう。動いてみよう。


何でもないことに筋を通すことの方が、
カッコいい冒険よりもはるかにむずかしい。


芸術というのは生きることそのものである。


行きづまったほうがおもしろい。だから、それを突破したやろうと挑むんだ。


歓喜は対決や緊張感のないところからは決して生まれてこない。


下手なら、むしろ下手こそいいじゃないか。


評価されるなんていっさい必要なし!


やろうとしないから、やれないんだ。


成功は失敗のもと。


芸術家は対決によって新しい創造の場を掴みとるのだ。



そして最後に、これは僕が好きな言葉。
展示場にはありませんでしたが・・・。


ぼくはきみの心のかなに実在している。
疑う必要はいっさいないさ。そうだろ。

2011年5月1日日曜日

4月最後のCATS



4月最後となる30日に、通算5度目となる
ミュージカル『CATS』の鑑賞にいってきました。

ちなみに通算5度目ではありますが、
4月は毎週(計4回)行ってます(爆)。

流石に毎週みてると当初のショックを含めた
新鮮さはなくなりますが、
色々と細かい仕掛けに目がいくようになり、
それはそれで非常に楽しい時間が過ごせます。

今回は連休ということもあり、普段の週末と比べても
かなりのお客さんが劇場に足を運んでいました。
見た感じ、9割近く席は埋まっていたのではないかと思います。

やはりミュージカルはライブですから、お客さんは多い方がいいですね。
最後の拍手の量とか今回は桁違いです。
客として素晴らしい時間を頂いているわけですから、
こちらも最大限の感謝を込めた拍手でお返ししたいじゃないですか。


さて、今回の鑑賞で面白かった点を幾つか述べてみたいと思います。


まず、いつも思うことですが武藤さん演じるマンカストラップは
滅茶苦茶かっこいいということ。見ていて惚れ惚れします。
最初にマンカストラップがでてきて「シャー」と声をあげると、
一気にCATSの世界に引き込まれます。
マンカストラップは5回見て5回とも武藤さんが演じられてましたが、
もう安心してのめり込めます。


次に、鈴木さん演じるジェニエニドッツ。
本当に、鈴木さんのジェニエニドッツは
見てるだけで幸福な気持ちになれます。
もー、ほんと楽しい。
前回は、最後に握手してもらえましたが、
今回は席がC席の劇場の右端だったので、
残念ながら握手は出来ず・・・。


続いて、ラム・タム・タガー。
今回はキャストが代わっていました。
これまでは荒川さんのタガーでしたが、
今回は李さんというかたが演じてました。
ノリも声も素敵でしたが、荒川さんとスイッチしたばかりで、
僕自身が李さんのタガーに馴染むのにもう少し時間がかかるかな?
といった感じ。特に僕の大好きなミストフェリーズのシーンでは、
影の使い方がもうちょい工夫できんじゃないかな、と。
うちの奥さんも似たような意見でした。


そして、バストファージョーンズとアスパラガスと
グロールタイガーの3役を一人でこなす伊達男の飯田さん。
このひとメッサかっこええ。
素顔もカッコいいけど、声を聴くと男惚れする。
前回は色々泣けましたが、今回はそれほどでもなかった。
でも、飯田さん演じるアスパラガスの
「これぞ炎の野獣だぜ・・・」の台詞だけはどうしても泣けてしまう。
あの声ずるい・・・。


それから、今回は隅っこの席に座ったお陰で見ることが出来たのですが、
ジェリーロラムが他の子猫たちを端でからかっていて
めちゃ可愛らしかった。しっぽを使って、子猫達とじゃれてる様は
さながら本物の猫みたい。これが見れたのは端っこの席の特権だね。

じゃれてるという意味でいうと、岩崎さん演じる
タンブルブルータスと大口さん演じるカッサンドラが
相思相愛全開のいちゃいちゃブリを発揮していて
見ていて木っ端ずかしかった(笑)。
あれはもちろん演技なんだけど、
岩崎ファンの嫁なんてずっと嫉妬しまくっている始末(爆)。

今回は、こういった細かい猫達の動きも
よく見ることができました。


そして、美しきボンバルリーナ!!
僕が最初に見たのは西村麗子さん演じるボンバルリーナでした。
西村さんの演技はめちゃ奇麗&セクシー&ワイルドで素晴らしかった。
4月23日に見たときは役者が高倉恵美さんに代わられていて、
僕が見る高倉ボンバルリーナはこれが2度目。
高倉ボンバルリーナを最初に見たときは
踊りの滑らかさと優雅さに魅了されつつも
ワイルドな感じがもうちょいあってもいいかな、って思いました。
でも今回見た高倉ボンバルリーナは、
その辺も完璧でしたね。もう、すげー素敵。
嫁曰く、高倉さんはタントミールを演じると天下一品だそうです。
4月23日に見たときは若干タントミールの
優雅さが残っていた気がすると。
たしかに、いわれてみるとそんな気がするから不思議。
4月23日に見たときの僕の印象は、
なんて流れるような動きをするんだろ!!でしたからね・・・。


最高の天才児!!
Mr.ミストフェリーズ、グレイトマジシャン!!

このアナウンスが流れると、僕のテンションは150%になる。
天才マジシャンネコの独壇場・・・。
僕はCATSのなかでもこのシーンが一番すき!!
特にあの20回ちかくノンストップで回転する
マジカルターンは必見よね。おそらくネコのなかでも
一番タフな動きをするんじゃないかな。
過去に岩崎ミスト、松島ミスト、永野ミストと
3人のミストフェリーズを鑑賞させてもらいましたが、
みんなカッコいいんだよねー。僕が10代でCATSを見てたら
絶対にバレーを習ってミストをやっていたでしょうwww。


あーそれから、4度目のCATS鑑賞で出したグリザベラ昇天の理由について。
今回、端っこの席から嫁の携帯双眼鏡でメモリーを歌う
グリザベラをガンミしていましたが、前回とは違う印象を受けました。
今回は、「自分の人生にケリをつける」というよりは
「誰がなんと言おうと、どう見ようと、私は私の希望を絶対に捨てないわ!!」
「私の希望は誰にも奪えない!!」とでもいうかのような
強固な意思表示のように感じられました。

これも面白いね。
自分の状態によって演技から感じ取れる解釈が変わるんだから・・・。
素晴らしい芸術というのは、解釈を一つに押し込むことができない
と言いますが、まさにそのとおり。
次見るときはどういう感想を持つのだろう、と自分でも楽しみです。



今回は最後にボンバルリーナとマキャヴィティとギルバートの
3ネコに握手してもらいましたが、なかでもギルバートを演じていた
鈴木さんはチョーいいネコだった(笑)。

手が届かないとあきらめていたうちの嫁さんを手招きして、
わざわざ握手してくれた!!なんて素晴らしいネコなんだ!!


やはりCATSは底抜けに楽しいなー。
慣れては来ましたが、それでもやっぱり楽しい!!

おまけですが、今回キャストの皆さんが若干疲れているような
印象がありましたが、皆さん大丈夫かな?
また観に行くので、ほんとご自愛くださいね。
10000回のロングラン目指して頑張って頂きたいところです。


ということで、次は8月にチケットを買いました。

5月は『夢から覚めた夢』を。
そして6月は『レ・ミゼラブル』。
7月は『美女と野獣』を見ます。

完全にミュージカルの魅力にやられまくりの武田家でございます。