2009年8月16日日曜日

ひらめきの導火線/茂木健一郎

私たちは外国と比較してすぐに自信喪失せず、等身大の自分たちを説明する努力をすべきなのだろう


前回のエントリーで、エジソンの言葉を引き合いに出しつつ
「ひらめき」について雑感を述べました。
その続きとして、本日は、ひらめきについての
書物を読んだ感想をまとめておこうと思います。

大分前に購入してはいましたが、机の上に積読状態になっていた
茂木健一郎さんの『ひらめきの導火線 ~トヨタと~ノーベル賞』
が今回の感想の対象となります。

正直申し上げますと、この本、わざわざブログでエントリーを
起こす必要はないのかもしれません。
結論から先に言ってしまうと、茂木さんの面白い着想を軸に、
ご自身が感じた、もしくは最近考えていることを
思いつきのように列挙されているだけという観がするからです。

ひらめきについての科学的な、もしくは論理だった説明は皆無です。
最近の茂木さんは、本を濫造しすぎて、
1冊1冊の中身が非常に薄い内容になっている気がします。
茂木さんの初期の本にあった情熱と科学者バリバリの冴え渡った論理展開が
最近では薄れつつあるような気がして個人的には残念に思っています。

それでもあえてエントリーを書く理由は、
気に留めておきたいアイディアがいくつか散見されることと、
読書感想エントリーのリハビリのためです。

ですので、このエントリーを読んでくださった皆様には、
「この本買いですよ!!」とまでは言いません。


◆目次
第1章 ひらめきはだれもが持っている
―「点火」を妨げるものはなにか(ひらめきはみんなのもの
・「日本人には創造力がない」というフィクション
・「日本人には個性がない」というフィクション
・「日本人には独創性がない」というフィクション)
第2章 ひらめきのネットワークを広げる

―「みんなでやる」が燃やす炎(ひらめきのロングテール
・ひらめきはみんなで共有する
・ひらめきは平等である)
第3章 ひらめきのルートを鍛える

―炎を灯す「ものの考え方」(総合のフィールドで闘う
・「すごいチーム」のつくり方
・独自の強みを発揮する)
第4章 ひらめきのパフォーマンスを高める

―「意欲」が照らし出す先(脳が活性化する環境とは
・プレッシャーが喜びに変わるとき
・終わりなき探求)
終章 日本を新時代へ導くために

―可能性に火をつける(十一歳の敗戦
・敗戦者の系譜
・明るくさわやかに負ける
・インテリよ、外に出よ!
・新文明への胎動
・日本の可能性の中心を見きわめる


◆茂木さんの主張
「日本人には創造性が乏しい」、
もしくは「日本人は真似ばかり上手くてオリジナルを生み出せない」などという
意見が通説としてまかり通っています。
それに対して茂木さんは「それは悪しきフィクションだ」といいます。
創造性に富んでいて、なおかつ個性豊かで
独創も上手なのが日本人だと主張されています。
先にあげたような日本人評がでるのは、
自分たちの特徴をきちんと把握せず、外国に向かって発言せず、
逆に外国の視点で自分たちを捉えるからだ、と分析されています。

この本では、その主張を訴えるべくして、
ノーベル賞とトヨタを比較対照ついて取り上げ
おのおのの「ひらめき」の本質を探っていく
・・・そんな章構成になっています。


◆日本的なひらめき・創造の原理
「みんなでやる」、「チームワークで物事を進める」、
「平等に知恵を出し合う」ことが
日本的な創造をささえている原理だということが述べられています。

たしかに、外国のスーパーサイエンティストなどの
取り上げられ方と比べると地味ですし、
個々人が見えにくくなるのかもしれません。

ですが、実際に海外のノーベル賞クラスの研究者にしても、
実は先人の知恵をたたき台にしていたり、
仲間とのディスカッションからとっぴな
アイディアの種がうまれたりと、決して一人の天才が
孤独にウンウン考えて独創的なアイディアを
ひらめいたわけではないことが例として挙げられています。


◆アイディアの生まれるところ
どんなに頭の切れる人であっても、
思考の対象がなければその切れ味は披露できません。
「思考する」とは述語です。
よって目的や対象となるものが必要ですよね。

どんなに頑張っても、思考の対象となるものが
存在しないところでは思考に切れは生まれません。
必ず他者を必要とするはずです。
もちろん他者には、今生きている人のほかに過去の先人、
先人の考えも含まれます。

ですから、ゼロから何かを生み出せる人というのは
ほとんどフィクションなんですよね。
知的生産という意味では、
必ずある対象(インプット)に対して編集を行い、
新しいアウトプットを生み出すしかないわけです。

ですので、日本人が別段独創に乏しいわけではないことがわかるはずです。

違いがあるとすると、モノ単体にしか考えが
及ばないのが日本人のたりないところで、
モノとモノを組み合わせてコトガラを作り出すのに長けているのが
ヨーロッパやアメリカの人たちということになるのでしょう。

この本を読んで、私は
生態系をデザインするということに我々は意識を向ける必要がある
のだろうなと強く考えるきっかけとなりました。





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