2009年8月3日月曜日

ワークショップを振り返って


8月1日に、あるワークショップに参加してきました。
そのワークショップで講師を務められたのは、
このブログでも何度か言及させていただいているあの棚橋さんです。

ブログや著書を拝見させていただいて、是非一度お会いしたいな、と思っていた矢先に
こんな募集があったわけです。

募集を見て、即申し込み、めでたく先週の土曜日(8月1日)に開催された
ワークショップに参加できたというわけです。

個人的に参加の目的はというと・・・
※もちろんデザイン思考の仕事術を実体験することではあるのですが・・・

【グループワーク参加の目的】
1.自分の会社とは関係のない勉強会に参加する
2.色々なバックグラウンドを持つメンバーとグループワークをする
3.開発の際に、メンバー間でブレのないユーザーモデルを作るきっかけ、もしくはコツを得る
4.自分の発想や考えのクセを知る(知れたらラッキー)
5.棚橋さんと会話する

と、まぁ漠然と5つくらいを掲げてセミナーに参加してきたわけです。

そのセミナーはどうだったかというとですね。
色々発見があって、非常に勉強になりました、というのが正直な感想です。

時間の都合上、デザイン思考の仕事術として謳われている
全作業工程を体験できたわけではないのですが、それでも私にとっては発見の連続でした。



◆KJ法の奥の深さ

これは、ワークショップに参加していたほとんどのメンバーが感じていたことだと思いますが、
KJ法は奥が深い。ほんと深いです。深い分だけ時間も掛かりますが、やるだけの価値はあります。
というか、ここまでやらないと意味がない方法論なのだということを思い知りました。
やるならちゃんとやる。そうでなければやらない。
このくらい徹底した覚悟で望んだほうがいいのではないかと・・・。

視点を変えると、普段自分がやっていたのは、
控えめにいってもブレーンストーミングでの意見出しとその整理くらいで、
発想法や創発の域にはまだまだ達していないなぁ、ということがわかります。
この点を体感できたのは、大きな収穫の一つです。



◆情報はひとりでいられない

この表現自体は、松岡正剛さんが大分前に使った表現ですし、
ちょっと擬人的でわかりづらいかもしれませんが、
KJ法をやってみて強く感じた点の一つです。
情報は集めると、つながりたがるんですね。
あたかも、人間の視点から単位化された情報を眺めていると、
自己組織化でも起こそうとしているかのごとく、情報が動き出すのを感じることができました。
ま、情報自体は生き物ではないでしょうから、
人は情報をつなげたがる、意味を生み出したがる、といったほうが適切かもしれませんね。




◆わかるとかわる、けどわかるは怖い

今回ワークショップに参加した目的の一つに
「4.自分の発想や考えのクセを知る(知れたらラッキー)」をあげました。

ぼんやりと感じましたよ、自分のクセ。

私はわりと、頭で考えたことを、書いたり喋ったりするほうです。
ワークショップではチームメンバー全員が書いて、喋ってとやっているわけですが、
ある程度の情報を並べていくと、自分なりの新たしい発見があったり、
アイディアが浮かんだりしてきます。そして、それらを整理すると、段々と対象がわかってくるわけですね。
で、今回改めて感じたのは、直観的にアイディアなりシナリオなり解釈が思いつくと、
他のメンバーとディスカッションしない限り、ずーっとその解釈を色々とこねくり回したくなるということ。
要は、対象を自分の中の特定のフレームで解釈したくなる
(ま、ある程度は仕方ないのでしょうが・・・)傾向が強く認識できたということです。

もちろん、昔から気づいてはいましたが、今回、あまりなじみのないメンバーと
ワークショップをするに当たって、よりはっきりと認識できた点です。

でね。
改めてワークショップというか、グループワークっていいなと思ったのが、
他人の意見を素直に聞いていると、結構簡単に自分の視点って揺らいでくる。
「あ、なるほど」とか「確かにそうだよね」とか「へー、そう見えるんだ」といった形で、
自分だけでは考えもしなかったような情報が飛び込んできます。
それによって、また自分の思考フレームがユラユラとかわっていきます。
そして、そのユラユラとしたウツロイの中で自分に新しい考えや視点が出てきたり・・・と、こんな感じです。
やっぱり、創発にはグループワークは効きますね。

いま、棚橋さんの『デザイン思考の仕事術』を読み返していますが、
自分の状態が変わると、きになる箇所もかわるものですね・・・


グループに見出しをつけるというのは、そこになかった情報を新たに付け加える、
新たな理解を生み出すという肯定的な側面と、ここのカードに書かれた情報間の差異、
情報ひとつひとつの個性を殺してしまうという否定的な側面の両義性ももっています。
もっと根本的な面でいえば「わかる」ということ自体、この両義性をもっているのです。
「わかる」ことそれ以前にはあった別の可能性を殺してしまうことでもある。
このことは忘れないでください。
『デザイン思考の仕事術』棚橋弘季 P128より


自分が「わかる」ことにより、自分と情報のある可能性は死んでしまうかもしれません。
でも、仲間がいれば、沢山の視点があれば、死んだ情報が生き返る可能性が出てくるのではないでしょうか?

棚橋さんは、前掲著でデザイン思考の仕事術のための基本姿勢として
7つの項目を列挙しています。

第一条 「わかる」ことは重要じゃない。「わからない」ことにこだわる。
第二条 オフィス内の論理にではなく、外の世界の現実に従う。
第三条 他人の意見や作ったものを否定しない。厭ならよりより代替案を具体的に示す。
第四条 頭の中だけで考えない。ことばや形を外部化して組み立てる。
第五条 仲間内で群れない。異分野の人と積極的に接する。
第六条 先人に学ぶ。古きものに学ぶ。今に囚われない広い視点をもつ。
第七条 グループワークを重視する。協力を惜しまない。
                         『デザイン思考の仕事術』棚橋弘季

この点について、私は以前こんなことを書きました
そうしたら、棚橋さんがご自身のブログでお返事をくれました。

今の私には、お返事として書いてくださったエントリーの意味が少しだけ深く「わかった」気がします。
そう。やっぱりすべてが一つ一つ大事なんですね。
そんな中でも第一条と第七条・・・
上記の内容をもってきたことには重要な意味があったんですね。



◆異界を探し、異界で遊ぶ・・・

これは、完全に私の妄想ですが、デザイン思考の仕事術の醍醐味はコレかと・・・。
上手く表現できなくて、ちょっとばかりもどかしいのですが。




◆品が生まれるところ

ワークショップが終わって、メンバーそれぞれが帰宅する際にたーーーまたま
棚橋さんと二人で帰宅&お話させていただく機会を得ることができました。
短くも、私には充実した時間だったわけですが、そんな中で私は棚橋さんに
「棚橋さんの文章は品がありますよね」ということを申し上げました。
ご本人は「どのへんがですか」とおっしゃっていましたが、こういうことです。

棚橋さんは、前掲著にてこういう一文をとりあげています。

「花ばかり目立つのは私は嫌」。僕はここにデザインを感じます。
                      『デザイン思考の仕事術』棚橋弘季 P174より

私なりにもじらせてもらうと・・・

「仕事術ばかり目立つのは私は嫌」。とでもいわんとするかのようなインストラクション構成と文体。
僕はここに棚橋さんの品のよさとぶれない軸を「勝手に」感じています。
※他の人がどう感じるかはわかりませんよ。



◆最後に・・・記述人格と本人の印象

ま、記述人格なるものがあるのかという議論はさておき・・・。
今回ワークショップに参加してみて面白かった点の一つに、
ブログでイメージしていた本人の印象が、直接会ってみてもの凄く違っていた、というのがありました。

今回のワークショップを企画してくださったユースケさんと、講師の棚橋さんです。
お二人にお会いし、実際に会話してみて、よい意味で印象がまるで違っていました(笑)。
もちろんどちらも素敵な人たちでしたよ(笑)。

やはり、普段のあるがままの自分と、誰かに向かって自覚的に書くという行為をする自分って
若干違うんでしょうね。


とまあ、色々学ぶことが多かった濃いぃワークショップでありました。

主催者の皆様。
ワークショップでご一緒させていただいた皆様。
そして、講師の棚橋さん。
色々とお世話様でした。





おまけ。
ワークショップの一風景。


情報を単位化して並べているところ

単位化した情報をグルーピングしたところ
ペルソナやシナリオを作ってます。
大変です。
段々まとまりつつあります。

0 件のコメント: