2009年6月11日木曜日

人は死ぬから生きられる/茂木健一郎・南直哉

真にラディカルな思想、それはゴーダマ・シッダールタの方法なのかもしれない・・・。



最近、あるきっかけをもとに茂木健一郎さんについていろいろ知りたくなりました。
そのきっかけは、梅田さんのブログを読んだことです。

茂木さんの講演「いかに生きるか」

茂木さんは自分が行った講演の内容を音声データとして
ご自身のサーバにて無料で公開されています。
梅田さんのエントリーは、そこで公開された「いかに生きるか」という講演についてのものでした。

わたしも4,5日前にこのブログを読み、早速、
音声データを自分のiPhoneにダウンロードし講演を聴いてみました。
1時間を超えるその講演を聴いてみて、私は正直以外でした。

ああ、茂木さんってこんなにも知的に誠実で、思考スピードが速く、
生きること・考えることに情熱を持っているひとなんだ、と。

そこにいた茂木さんは、「プロフェッショナル 仕事の流儀」などのTV番組、
もしくはその書籍で見せる顔とはちょっと違っていました。

正直、茂木さんが巻き起こす熱風にあてられました。
たぶんね、これ私の中に出来た茂木クオリアですよ(笑)。

脳科学者やテレビで司会するひと、などというレッテルを全部引き剥がして、
ひとりの生きることに真剣な人間としてその著作に接しないとまずいぞ、
という直観が私のなかに走りました。

後はよろしく、本屋に直行です。
もう仕方ない、と財布の事情は無視し、店頭にある茂木さんの著作を
片っ端から手に取り、レジに直行、御代はX万円でした。
いいんだ、いいんだ、金は問題じゃない、と強がりつつ自宅に戻り
最初に手に取ったのが今回紹介する『人は死ぬから生きられる』です。

この本は禅僧であり、あの霊山として知られる恐山の院代をつとめていらっしゃる
南直哉(みなみ じきさい)さんとの共著、というか対談本になります。

対談本の本当の面白さというのは、緊迫した知的にスリリングな展開がなされることにある、
というのが私の持論なのですが、この本はそういう意味で掛け値なしです。
茂木さんも大したものだと思いましたが、それ以上にこの南直哉さんが素晴らしい。
その思想は図抜けていると思いました。
そして、南さんが紐解く仏教という教えが、実は真にラディカルな思想なのではないか
という思いを強くしました。

私自身、あまり仏教に明るくはありませんが、
南さんの口から紐解かれるゴーダマ・シッダールタの教えは本当に凄いと思いました。
ある意味、私がこれまで考えてきた「生きるという方法」を何千倍もシャープにして
かつ言葉にしてくれているような印象を持ちました。

以前のエントリーでも紹介しましたが、私は不条理な英雄というものにもの凄く心を奪われます。

そこには何かしら、私にとっての生きるという意味が隠されていると思っているからです。
あらゆる思索の原点となるべき恐ろしい問い。

「何のためにうまれて、なにをすべきで、死んだらどうなるんですか」

この問いに対する、真にリアリティのある一つの解釈。
それが私にとっての不条理な英雄です。


この本を読んでわかったこと。
それは、ゴーダマ・シッダールタという人物が、
不条理を引き受けてかつ死ぬまでその思索をやめなかった英雄だということです。

不条理な英雄、再び・・・。
ほんと、この本に出合えてよかったと心から思います。
嬉しかった。励まされた。突き放された。気づかされた。

仏門に入るつもりは全くありませんが、私はゴーダマ・シッダールタの教え、
それから空海や道元を初めとする日本仏教界の革命児たちの教えを
真剣に勉強しようと思いました。

ウィトゲンシュタインよりもラディカルな思想ってあるとおもいますか?
この本を読んで、南直哉さんの声を静かに聞くといいですよ。

発言をいくつかご紹介しようと思いましたが、やめました。
紹介したい話が多すぎて意味がなくなってしまうからです。

思考のきっかけとして一つだけ・・・

存在することというのは、根本的に破綻している。
破綻しているものが存在している。

生きるという方法を探してみてください、この本を読んで。



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