2009年5月15日金曜日

映画『グラン・トリノ』を観ました



老人は人生の終わらせ方に迷っていた。
青年は人生の始め方がわからずにいた・・・。
老人から青年に引き継がれたもの・・・
グラン・トリノに託されたもの・・・
それは勇気という名の偉大なる意志だったのではないか。
愛するにも、許すにも、生きていくにも勇気が必要なんだ。


ギリギリセーフです。
ずっと観たかった、俳優クリント・イーストウッドの引退作『グラン・トリノ』を
上映最終日の今日、ようやく観ることができました。

ほんと、イーストウッドは俳優としても監督としても超一流ですね。
本作を一言で言えば、月並みですが「素晴らしい」としか言いようがありません。

ネタばれありで、以下感想を書いていきます。

グラン・トリノとは、1972年から1976年にかけて生産されたフォードの車種です。
このフォードの組立工だった老人がクリント・イーストウッド演じるウォルト・コワルスキーで、
1950年代のアメリカの保守思想を体現したようなガンコものの元軍人です。
朝鮮戦争で幼い子供を殺したトラウマを抱え、妻に先立たれ、病に冒され、己の人生の終わらせ方を
考えあぐねています。

そんな爺さんの隣家にモン族(中国の少数民族)のタオという少年がいます。
この少年、心はやさしいのですが、生きる力がない。なんかボーっとしている。
そんなタオにはしっかりもののお姉さんがいて、いつもタオをかばってくれる。
タオには従兄弟がいて、これがまたチンピラのギャングなんですねー。

ある日、タオはこのチンピラ従兄弟に命令されて
ウォルト爺さんのグラン・トリノを盗みに行くわけですが、盗みは失敗してしまう。

途中色々な経緯がありますが、タオは償いとしてウォルト爺さんのコマ使いとして働くことに・・・。
そこでの交流をとおして、すこしずつタオ少年は爺さんと心を通わせ、生きる力を身につけていきます。
ウォルト爺さんの計らいで仕事にもつきますが、そんな矢先、グラン・トリノ強盗の失敗の腹いせとして
タオは馬鹿従兄弟たちから暴行を受けてしまい、また心を閉ざしてしまう。

ようやく芽生えた生きる力。それを踏みにじられたことに怒りを覚えたウォルト爺さんは、
単身、ギャング集団のアジトに乗り込みチンピラの一人をボコボコにしてしまう。

警告のつもりで行った行動だったわけですが、この報復にタオの自宅が銃弾の雨にさらされた挙句、
お姉さんがレイプされてしまう。
(映画とはいえ、気丈だった姉が放心状態で自宅に帰ってくるシーンは言葉が出なかった・・・。)

怒り狂うタオは、ウォルト爺さんに一緒に復讐しにいこうと訴えます。
全員殺してやると我を失うタオにウォルト爺さん戦場での体験を振り返ってこうつぶやく・・・。
「殺した相手が常に頭から離れない地獄をお前はわからない」

タオを息子のように大事に思い始めているウォルト爺さんは、自分と同じ苦しみをタオに味あわせたくない。
けれども、馬鹿ギャングを始末しない限りタオとその一家には安息の日々はやってこない。

憎悪の連鎖を断ち切るべく、ウォルト爺さんは一つの決心をする。
残された自分の命を犠牲にして、タオ一家を守ろうと、再度、単身ギャングのアジトに乗り込みます。

憎悪の連鎖を断ち切るための一世一代の大芝居を演じ、ウォルト爺さんはその生涯を終えます。
その命と引き換えに、ギャングは一人残らず、お縄にかかって刑務所で長期刑に・・・。
相手の命を奪うことなく、相手の自由を奪い、タオたちを守りました。

残された遺書にはこうかいてあった。
「グラン・トリノは友人であるタオに譲る」と。


まぁ、ザクッとこんなあらすじです。
この映画、考えれば考えるほど色々な解釈が出来る、奥の深い素晴らしい映画です。

人生には起伏がある。
仮に、君が何かを見失っているとすれば、傷つき弱り果てているとすれば、
この映画を観て思いっきり自分自身を抱きしめてあげるといい。
ひざを抱えてうつむき、静かに泣いてみるといい。
すこし落ち着いたら、今度は顔をあげる時だ。
君は生きるために必要な何かしらのメッセージ、
歯を食いしばってでも己の人生を行ききるという勇気をもらっているはずだから・・・。






2 件のコメント:

Masami さんのコメント...

>ひざを抱えてうつむき、静かに泣いてみるといい。

……ど、どうした?
らしくないことを言うなw
人生観変わったか?

Hidehiro Takeda さんのコメント...

失礼なやっちゃのー。
こういうことを言うのが
俺らしいんじゃないか。

もともと馬鹿には厳しく、
弱きものには優しくが私の人生観・・・?