2009年4月25日土曜日

私にとっての情報と知識

4月になって新入社員の人たちが職場にやってきました。
今はまだ新人研修の期間です。
昨日は24日ということで、おそらく、社会人初の初任給を手にし、
同期の人たちと飲み会に繰り出していることでしょう。

さて、先日、新人の方と話をしていたら、こんなことを聞かれました。

新人さん「武田さんって、インターネット社会って知識社会だと思いますか?」

私「難しい顔しちゃって、何か腑に落ちないことでもあるの?」

新人さん「インターネットって知識の宝庫っていうじゃないですか?これってほんとに知識なんですかね?」

私「ちなみに、図書館や本屋に行って沢山の本を見たときに、君はそれを知識って感じるの?」

新人さん「その辺が最近よく分からなくて、武田さんに聞いてみたかったんです」

私「なるほどね。でも、私は別に知識人でも教養人でもないから君が納得できる定義ができるかはわからないよ。」

新人さん「武田さんなら情報と知識をどう捉えますか?」

私「私にとってデータというのは人間が認識できる記号の最小単位で、
  情報というのはそれらの記号がある文脈で組み合わされたもの。
  そして、知識とはある意図や意志をもって、情報を収集・比較・統合する力。
  またはその力によって新しく作られた情報だと一応定義しています。
  他人がある情報を知識と認識するかしないかは、他人が自分と同じような
  意図や意志をもってその情報に接しているかどうかで決まるんじゃないの?
  だから、あまり情報と知識の違いに頭悩ませる必要はなくて、色んな情報がある中で
  自分の意図や意志を持って情報に接する態度、要は自分の”関心”を大事にしてればいいんじゃないの?」

少し照れくさそうに笑いながら、新人さんは「また相談しにきます」といって教室に戻っていきました。

おいおい、「礼がないぞー!!」と心の中でつぶやく31歳でした。

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