2009年4月5日日曜日

さよなら爺ちゃん

2009年4月2日の朝4時頃に、私が大好きだった爺ちゃんが亡くなった。
享年85歳。名を五十嵐忠一といい、山形県の県議会議員や市議会議員を
30年近く勤めた政治家である。ジジイのくせに私以上にその精神は若く
常に「若者の未来と老人の安心ために」どうのこうのと言って死ぬまで活動していた。
政治家を引退してからは、地元の生涯学習財団だとか、老人なんだか団体の会長なんかもやっていたようだ。
そういう活動と平行して、書道教室なんかも開いていた。
爺ちゃんは滅茶苦茶達筆だった。本人も書道が大好きだった。
週末は大抵、爺ちゃんの家には地元の小学生や中学生が溢れていた。
ちびっ子たちには五十嵐先生で通っていたようだ。
ちびっ子の様々な挑戦をさりげなく支え、結果のいかんを問わず、褒め、励ましていたらしい。

通夜の際、夜中にお忍びで有名な国会議員が手を合わせにやってきた。
帰られた後で、親戚一同から公には書けないような話を色々と聞いた。
やはり政治の世界は蛇の道なんだと思った。
蛇の道に足を踏み入れたものは決して後ろを振り返ってはいけないのだ。
毒を制すには毒しかない。一度、踏み入れた蛇の世界から抜けるということは、
ゼロに戻ることを意味しない。抜けた先はマイナスの悲しい世界のようだ・・・。
この年になって初めて教えてもらうことが出来た。
ちなみに、こういう話が聞ける一番大きなイベントは結婚式と葬式なんだそうだ・・・。
私の爺ちゃんが活動したフィールドは山形県であるが、
その政治スタイルは今の自民党に完璧に通じる。権力の規模が違うだけだ。
金属疲労でボロボロになったようなスタイルのような気がしたが、良くも悪くも
これが今の日本の政治の現状なんだなぁ、とぼんやり考えた。

政治の世界で1回の落選もなく、政治家であり続けた爺様だから、
色々と汚い世界も知っているのだろう・・・。

でも私にとっては単なる爺ちゃんである。
通夜の際、ろうそくの日が消えないよう番をしていたら、
お母さんと女の子がやってきた。
聞けば、爺ちゃんから6年間習字を習っていたようで、ことし中学生になったんだとか。
非常にお世話になったそうで、お礼を兼ねて手を合わせに来てくれたようだ。

今日が葬式だった。
さすが元政治家だけあって、普通の葬式では信じられないくらいの人数が葬式に参列していた。
電報をもらった人のリストを作る手伝いをしていて分かったのだが、ジジイどんだけ人脈広いんだよ、
と言いたくなる。国会議員、県議会議員、市議会議員、市長、社長、取締役・・・・。
あのチャゲ&飛鳥までが電報をくれた(これにはビックリ)。

葬式で、数名が弔辞を読んでくれたが、まぁ、はっきりいってお偉いさんの弔辞はどうでもよい。
形式ばった長い弔辞は聞いていて疲れた。
でも、最後に習字教室の生徒さんである小学生の男の子が弔辞を読んでくれた。
今週末の習字教室で先生に会えないのが寂しいですと、子供らしい弔辞だった。
これを聞いて私は始めて爺が帰ってこない人になってしまったんだと理解できた。

それに気づいたとき、抑えていた涙が一気に溢れてきた。

一人の男の子が、私が大好きだった爺ちゃんの姿を等身大で語ってくれ、
帰らぬ人になったことを教えてくれた。

さよなら爺ちゃん。
先に逝った最愛の婆ちゃんが待ってるはずだよ。
迷わず見つけて二人で、息子、娘、孫、ひ孫たちを見守っていて頂戴。

しばしの間お別れです。








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