2009年4月29日水曜日

映画『レッドクリフ PartⅡ』を観ました

今年映画館でみた14本目の映画が、
この『レッドクリフ PartⅡ』です。

PartⅠは昨年の11月に公開され、
つい最近TVでもやってましたね。

正直言うと、この作品、
見なくてもいいかと思っていました。

理由はPartⅠの感想に書いたとおりです。
しかし、うちの奥様が絶対観るといってきかないので、
やむなく観ることに・・・。

いやー、お金掛かってますねー。
アクション映画としてはかなり楽しめました。
三国志演義としては全然ですが・・・。


前作が、赤壁までを扱っていたのに対し、今回は赤壁の戦いに焦点を当てて話が進みます。
観終わった感覚としては、呉へのフォーカスが50%くらいで、魏へのフォーカスが35%、
蜀へのフォーカスは15%(孔明と趙雲で13%使ってる!!)くらいのような気がしました。

キャッチコピーをつけるとしたら「周瑜VS曹操、ときどき孔明」ってな感じでしょうか。
サブコピーで「ブブカを超えた鳥人”趙雲”、絶世の美女”小喬”を救う」とかですかね?

燃えて燃えて燃えまくり、斬って斬って斬りまくる、そして最後は死んで死んで死にまくる・・・。
さすがというか、これが彼の限界というか、ジョン・ウーらしい映画でした。
個人的には、登場人物全員灰燼に帰すべし、って感じな映画でした。
30点!!

本作では、名もなき兵士が滅茶苦茶死にます。
戦争ですから、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれません。
真っ先に死ぬのは、力も知恵もない一般的な兵士です。
私は個人的に、名もなき兵士に聞いてみたい。
「戦が始まれば真っ先に命を落とすような役目を、
どのような心境で引き受け、どのような気持ちで戦に望んだのですか?」と。

2009年4月26日日曜日

多読術/松岡正剛

”編集仙人松岡正剛、書物の宇宙と戯れ、読書の蘊奥を一般読者に公開す”

今日は、喉から手が出るほど楽しみにしていた松岡正剛先生(勝手に私淑しているので先生と呼びます)の
『多読術』を紹介しようと思います。

今日までに3回ほど読み直しましたが、何回読んでも唸ります。
書き手の力量によって読み手の心が攫われる・・・うーん、なんて贅沢な時間なんだろう。
方法日本の提唱者セイゴオ先生が、やわらかい読書、壊れやすい読書、切ない読書、
セピア色の読書、危険な読書、力強い読書、攫われる読書について縦横無尽に語りつくします。

まだこの本を手にとっていない皆さん。
一刻も早く本屋にいって、この本で遊んでください。

『多読術』なんていうタイトルを見ると、本の読み方、いわゆるノウハウ系の馬鹿本を連想したくなりますが、
セイゴオ先生の本ですので、その辺はご心配なく。

多読術の「多(おおい)」は、本を沢山読む方法としての「多」、
本を色んな視点・観点から読んで楽しむ方法としての「多」、
そして、「多(まさる)」という読みかたもできるように、読むを超える方法としての「多」と捉えてください。
そもそも読書術の本としてこの本を読むこと必要はありません。
ある対象から情報を沢山・色んな方法で読み取るための術が書かれた本
として手に取ったほうが実りが多いと思います。

今、おそらく日本に読書の可能性をこれほどまで適切に語れる人物は
セイゴオ先生をおいて他にないでしょう。
そのくらい贅沢な1冊ですので、GW中に是非とも読んでみてください。

◆目次

第一章:多読・少読・広読・狭読
 ・セイゴオの本棚
 ・本は二度読む
 ・たまには違ったものを食べてみる
 ・生い立ちを振り返る
第二章:多様性を育てていく
 ・母からのプレゼント
 ・親友に薦められた『カラマーゾフの兄弟』
 ・文系も理系もこだわらない
第三章:読書の方法をさぐる
 ・雑誌が読めれば本は読める
 ・三割五分の打率で上々
 ・活字中毒になってみる
 ・目次をしっかり読む
 ・本と混ざってみる
 ・本にどんどん書き込む
 ・著者のモデルを見極める
第四章:読書することは編集すること
 ・著者と読者の距離
 ・編集工学をやさしく説明する
 ・ワイワイ・ガヤガヤの情報編集
 ・言葉と文字とカラダの連動
 ・マッピングで本を整理する
 ・本棚から見える本の連関
第五章:自分に合った読書スタイル
 ・お風呂で読む
 ・寝転んで読む
 ・自分の「好み」を大切にする
第六章:キーブックを選ぶ
 ・読書に危険はつきもの
 ・人に本を薦めてもらう
 ・本を買うこと
 ・キーブックとは何か
 ・読書し続けるコツ
 ・本に攫われたい
第七章:読書の未来
 ・鳥の目と足の目
 ・情報検索の長所と短所
 ・デジタルVS読書
 ・読書を仲間と分かち合う
 ・読書は傷つきやすいもの
あとがき「珈琲を手に取る前に」


◆本との接し方
「読書は大変な行為だ」とか「崇高な営みだ」などと思いすぎないことです。
それよりも、まずは日々の生活でやっていることにように、
カジュアルなものだと捉えたほうがいい。
(中略)
ジャケットを着たりジーンズを穿いたりするように、本と接したほうがいい。
                               『多読術』 P12
私の後輩にも、どうやったら読書を続けられるのかと聞いてくる人がいますが、
大抵、こういう人は本を読むと言う行為を大げさに捉えちゃっていますよね。
そういう人にこそ、この言葉をかみ締めて欲しいです。
まずは気楽に興味のありそうなジャンルの雑誌でも漫画でも小説でも新書でも
何でもいいから読んでみることが出発点ですよね。

読んでみて、まずは「あー面白かった」と言うところからはじめましょうよ。
それができたら次のステップです。

セイゴオ先生は、”注意のカーソルの動きを多様にする”ことが大事だと言っています。
要は、自分が読んで見たものについて「面白かったこと」「つまらなかったこと」「わからなかったこと」、
こういった観点を大事にしてみましょうということです。
それと、もう一つ大事なこととしてセイゴオ先生は”再読”をあげています。
先にあげた観点を踏まえ、時間を置いてもう一度読んでみる。
おそらくそこには何かしらの溝があるはずです。
「なんであの時はこんなことがおもしろかったんだろう」とか
「なんであの時はこの箇所が目に留まらなかったんだろう」といった
初読当時の感想を今日の時点からあらためて眺めてみる視線が大事だと言っています。
こういう視線って、自分をよく知るって言う意味でも非常に重要だと思います。


◆未知との遭遇としての読書

こちらが無知だからこそ読書はおもしろいわけで、それに尽きます。
無知から未知へ、それが読書の醍醐味です。

-セイゴオさんでも「無知」から「未知」へ、ですか。

そりゃそうですよ。無知があるから未知に向かえるんです。
読書は、つねに未知の箱を開けるという楽しみです。
                    『多読術』 P69
こういう視点、大好きです。
何万冊もの本を読み、何千人もの人とかたらってきたセイゴオ先生でも
無知から未知への旅を続けていらっしゃる。
私も、このような旅を死ぬまで続けたいと思います。
「無知から未知へ」・・・驕りも気負いもない、非常に素敵なフレーズだと思います。


◆自己編集としての読書
読書というのは、書いてあることと自分が感じることとが「まざる」ということなんです。
これは分離できません。

読者は著者が書いたことを理解するためにだけあるのではなく、
一種のコラボレーションなんです。
ぼくがよくつかっている編集工学の用語でいえば、読書は「自己編集」であって、
かつ「相互編集」なのです。セルフ・エディテリングとデュアル・エディテリングですね。

「読む」という行為はかなり重大な認知行為なんです。

                              『多読術』P76~77
セイゴオ先生が”読書に危険はつきもの”という理由もこの辺にあります。
自分の体験を振り返ってもこれは正しいと思います。
読書には必ず、自分の感情と本に書いてあることが混ざります。
本の内容によっては、自分の感情と書いてある内容が水と油で融合せず、分離したりもするわけですが、
読んだ内容、そしてそのときの感情や記憶は自分の五感に刻まれ、その情報をもとに
自分がリビルドされる感じがするわけです。「読む」という行為が自分の人生に刻まれるわけですから、
もうその瞬間から、さっきまでの自分とこれからの自分は違ってしまうわけです。
このあたりが読書の醍醐味でもあり、危険なところだったりするわけですよね。



◆コミュニケーション~視点の共有と意味の交換~
まず、書くのも読むのも「これはコミュニケーションのひとつなんだ」とみなすことです。
人々がコミュニケーションするために、書いたり読んだりしているということです。
このとき、著者が送り手で、読者が受け手だと考えてはいけません。
執筆も読書も「双方向的な相互コミュニケーション」だと見るんです。
                       『多読術』P95
セイゴオ先生の『知の編集工学』を読んだ方にはおなじみの視点ですが、
これは非常に重要なポイントですよね。
要はコミュニケーションの本質というのは
「相手と視点を共有し、意味を交換すること」というわけです。

だからこそ、相手に情報を伝えきるためにはモノローグ(独白)だけでは駄目で、

これは、言い換えると、本を沢山読む人は著者と
仮想的な対話のエクササイズを行っているということです。
※これはひとえに読み方次第ですが・・・。

どうです、いいことかいてあると思いませんか?
この本には、こういう大事なことがまだまだ沢山書かれています。
のこりは是非、皆さんがそれぞれ手にとって、その内容を咀嚼して頂けたらと思います。

最後に、

◆「役に立つ読書」を求める愚か者への一言

「役に立つ読書」について聞かれるのがつまらない。
それって、「役に立つ人生って何か」と聞くようなものですよ。
そんなこと、人それぞれですよ。
                      『多読術』P139





2009年4月25日土曜日

私にとっての情報と知識

4月になって新入社員の人たちが職場にやってきました。
今はまだ新人研修の期間です。
昨日は24日ということで、おそらく、社会人初の初任給を手にし、
同期の人たちと飲み会に繰り出していることでしょう。

さて、先日、新人の方と話をしていたら、こんなことを聞かれました。

新人さん「武田さんって、インターネット社会って知識社会だと思いますか?」

私「難しい顔しちゃって、何か腑に落ちないことでもあるの?」

新人さん「インターネットって知識の宝庫っていうじゃないですか?これってほんとに知識なんですかね?」

私「ちなみに、図書館や本屋に行って沢山の本を見たときに、君はそれを知識って感じるの?」

新人さん「その辺が最近よく分からなくて、武田さんに聞いてみたかったんです」

私「なるほどね。でも、私は別に知識人でも教養人でもないから君が納得できる定義ができるかはわからないよ。」

新人さん「武田さんなら情報と知識をどう捉えますか?」

私「私にとってデータというのは人間が認識できる記号の最小単位で、
  情報というのはそれらの記号がある文脈で組み合わされたもの。
  そして、知識とはある意図や意志をもって、情報を収集・比較・統合する力。
  またはその力によって新しく作られた情報だと一応定義しています。
  他人がある情報を知識と認識するかしないかは、他人が自分と同じような
  意図や意志をもってその情報に接しているかどうかで決まるんじゃないの?
  だから、あまり情報と知識の違いに頭悩ませる必要はなくて、色んな情報がある中で
  自分の意図や意志を持って情報に接する態度、要は自分の”関心”を大事にしてればいいんじゃないの?」

少し照れくさそうに笑いながら、新人さんは「また相談しにきます」といって教室に戻っていきました。

おいおい、「礼がないぞー!!」と心の中でつぶやく31歳でした。

2009年4月21日火曜日

TOUGH(タフ)

4月は出だしから爺ちゃんがなくなったり、ギックリ腰になったり、所属する会社と常駐している親会社の
狭間に落っこちてもがき苦しんだりと、社会人初と言っていいくらいのマイナステンションでした・・・。

あまりにテンションがあがらないので、この際トコトン堕ちようと思って仕事は定時で切り上げ、
久しぶりに村上春樹を読み返したりしていました。やっぱりいいですねぇ、村上春樹は・・・。

今、僕は語ろうと思う。
もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でも
あるいは事態は全く同じということになるかもしれない。
結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、
自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。
しかし、正直に語ることはひどくむずかしい。僕が正直になろうとすればするほど、
正確な言葉は闇の奥深くへと沈みこんでいく。
弁解するつもりはない。少なくともここに語られていることは現在の僕におけるベストだ。
つけ加えることは何もない。それでも僕はこんな風にも考えている。
うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見できるかもしれない、と。
そしてその時、象は平原に還り僕はより美しい言葉で世界を語り始めるだろう。
                      『風の歌を聴け』村上春樹

いい加減、マイナステンションの自分にも飽きた。そろそろまた言葉を紡ぎ出すとしよう。

映画『ザ・バンク ~堕ちた巨像』を観ました

今年13本目となるのが、『ザ・バンク ~堕ちた巨像』です。

『ウォッチメン』と比べると、こっちはまだ観れる作品です。
点をつけるなら40点くらいと言ったところでしょうか・・・。

銀行の本質について色々と考えるネタを提供していると言う意味で30点。
美術館の中でのドンパチの凄さに10点。
ストーリー全体の酷さに-60点。

映画『ウォッチメン』を観ました

今年12本目となる作品が、『ダークナイト』並みによく出来ているとうわさの『ウォッチメン』です。
今年見た中で一番外れな作品でした(爆)。
くだらんストーリーを3時間も見せられると、気持ちが萎える・・・。

そのくだらなさはドラゴンボールを上回る・・・。

2009年4月7日火曜日

仏教信仰の原点/山折哲雄

日本の歴史を自分なりに腑に落ちる形で理解しようとすれば、
日本の政治と経済、そして宗教の歴史を紐解かなければいけないと思っています。
この三つが形成されてきたところに日本を日本たらしめている原型があると思うからです。

このような問題意識で色々と本を読んでいるところですが、
今回読んだ山折哲雄さんの『仏教信仰の原点』はそんな問題意識にたいして
一つの道筋を与えてくれる好著だと思いました。

全6章立てのうち、最初の1,2章にはこれまで知らなかったことが沢山紹介されており、
その内容とあわせて読んでいて震えました。

それでは、順次、目次から紹介していきます。


◆目次
まえがき
1.仏教信仰の原点
 1-1.奈良時代の遊離魂信仰
 1-2.平安時代の怨霊信仰と鎮魂儀礼
 1-3.鎌倉時代の成仏・往生思想

2.密教儀礼と空海
 2-1.真言院の建立と「物の怪」の時代
 2-2.大嘗祭と密教儀礼
 2-3.玉体加持の儀礼
 2-4.道鏡から空海へ

3.都市と心霊信仰
 3-1.神秘的なものへの関心の高まり
 3-2.現代物理学者の宇宙感覚
 3-3.人間の原初的な霊性体験
 3-4.都市の中の死角と新宗教

4.東北元始のこころ
 4-1.中央経由で受容された文化
 4-2.坂上田村麻呂と慈覚大師
 4-3.東北独自の宗教的現象
 4-4.東北における「山」

5.死との交わり
 5-1.再生への確信
 5-2.インド人の祖先崇拝
 5-3.インド人の人生観
 5-4.自然や現実との断絶
 5-5.霊山に集まる死者の魂
 5-6.高野山と納骨信仰

6.親鸞と道元
 6-1.体で示す文化の型
 6-2.容貌に見る人間の大きさ
 6-3.比叡山における修行体験
 6-4.師にたいする態度
 6-5.弟子にたいする態度
 6-6.人間と思想の比較 
 6-7.『正法眼蔵随門記』と『歎異抄』

◆本書のつくり
本書は、著者が講演やシンポジウムで話したものに大幅な加筆訂正を加えたもので、
あるテーマで書き下ろしたものではありません。よって、各章を読んでいると、微妙にトーンが違っていたりします。
ま、その辺は本書のつくりの問題ですからご愛嬌としておきましょう。

◆本書のテーマ
本書のテーマを私なりにまとめると、以下の2つかと思います。
1.日本人の宗教信仰の核心をなしているものは何か
2.日本人の仏教とは一体なんであったのか

◆話の展開
日本人の宗教信仰の特徴を歴史的に振り返り、それが中世になってどのように変化したか、
あるいは道元・日蓮・親鸞などの宗教の中にどのような形で吸収、あるいは否定されていったかを
整理するといったストーリー展開になっています。


◆感想
本書で私が一番震えたのは、先にも書いたとおり、1,2章です。
内容のアウトラインを簡単に示しながら、気になる箇所を抜粋します。

1章では、日本の宗教信仰の変遷を、奈良、平安、鎌倉の三時代に分けて、追いかけていきます。

まず、奈良時代の宗教信仰の特徴ですが、これは人間の霊魂が何らかの折に肉体から遊離していく
というのがその信仰の基層にあったそうです。人が亡くなると、その霊魂はだいたい上のほうに、高いところに
上っていくと古代日本人は思っていたようです。万葉集に挽歌というものがあり、その殆どが
亡くなった霊魂が山や岩、そして雲や霧、高い樹木などのほうに上昇していくという内容なんだそうです。
松岡正剛さんが『花鳥風月の科学』でも書いていた通り、日本人の古代信仰の起源は山にあるんでしょうね。
ちなみにこの霊魂は何かの拍子に人間に憑依したりするそうで、これを昔は「タタル」と読んでいたそうです。
「タタリ」という言葉の本来の意味は「神が示現する」ことにあったそうで、
「危害を加える」という意味の「祟り」ではなかったようです。

日本には「タタリ」のように、言葉本来の意味が転化するということがよく起こります。
イワウ(斎う)→イム(忌む)
ノル(宣る)→ノロウ(呪う)

なんでこんな転化が起きるんだろうと思っていたら、それを解明する仮説が本書に提示されていました。

仏教が一定の社会的役割を果たすようになった段階で、
神の示現という問題が仏教的に再解釈をほどこされた。
つまり、神やさまざまな神霊が、ある対象物に危害を加えて
その怨念をはらすために降霊するのだという
観念を第一につくりあげる。そうしておいて、
こんどはそういうスティグマを付与された祟りを排除し、
儀礼的に駆除するためにこそ仏教の儀礼が必要なのだ、という解釈をおこなった。
こういう関係にあったのではないかと私は思っているのです。
                               『仏教信仰の原点』 P19 より
古代日本人が持っていた原始的な宗教観が中国からわたってきた仏教により一度コンパイルされた、
ということですね。仮説とはいえ、私にとって目から鱗でした。
当時の人々にとって仏教の伝来は、よほど衝撃的な文化的インパクトを持っていたのでしょうね。

続いて、平安時代です。
先の奈良時代と比較して、この時代の特徴には「怨霊信仰」とそれを沈めるための
「鎮魂儀礼」があげられます。

著者の山折さんは、平安時代の基礎を築いた桓武天皇の辺りから、
「タタリ」が「祟り」へ急速に進行したと見ています。
桓武天皇は権力を握るために、ライバルたちをどんどん非業の死に追いやっています。
そうやって権力を取得した後、平安京に様々な不幸や事件、自然災害が起こります。
これらの事象を桓武天皇の政治的対立者たちが、その怨嗟や恨みの気持ちを込めて
流言蜚語を飛ばしたのが「祟り霊」の誕生だと結論付けます。

当時は貴族でなければ人でない時代なわけですし、権力者の気まぐれで
平城京や長岡京、平安京へと遷都させられまくっているわけですから、
一般庶民の恨みも募っていたんでしょうね。

一方の権力者たちも、おちおち呪われて死ぬわけにはいきませんから、その対抗策として
怨霊や物の怪への対抗儀礼として空海を代表とする密教者たちを権力の中枢に招きいれ
様々な鎮護儀礼を体系化します。これが平安時代の特徴です。

ひとつ面白いと思ったのが、加持祈祷を行って悪霊や物の怪を退散させようとする際、
祟るものが物の怪や悪霊だった場合は、仏教の御修法や密教層の加持祈祷を行うのに対し、
祟るものが「神の気」(要は神の霊)の場合は、神道の御祓いでこれを撃退していたという事実です。

この事実からも、権力の中枢ではあくまで仏教を信仰の対象というよりは、怨霊への対抗手段くらいにしか
見ていなかったことが想像できますよね。

そして最後に鎌倉時代ですが、この時代も基本的には怨霊信仰という基本的なトーンは変わりません。
変わってきたのは怨霊の正体が個人から集団になってきたことだ、と山折さんは述べています。
この時代の政治記録文書である『吾妻鏡』の下巻などは、
その殆どが死者の供養についての話なんだそうです。
しかし、この時代にはこれまでの伝統的な怨霊信仰や遊離魂信仰に対する反省を促すかのように
2人の宗教改革者が登場します。それが親鸞と道元です。
この二人の思想においては、基本的に霊魂の存在を認めません。
よって、この二人の思想は日本の伝統的な宗教感情に対する大きな挑戦だったわけですね。

ですが、その後の歴史を、そして今の我々の宗教感情を振り返ればおのずと理解できるように
敗れたのはおそらく親鸞と道元のほうだったわけですよね。
現代人にとって仏教なんていうものは、葬式と結婚式を初めとするイベントの企画日が
仏滅じゃないかどうかくらいしか関心がないでしょうから・・・。


これが1章のアウトラインです。

ちょっと力尽きかけなので、2章で終わりにしますが、この章には私にとって
ひっくり返りそうになる話が紹介されています。

この章のポイントは個人的に大嘗祭の意義だと思っています。
本書においてこの話は折口信夫さんの説を採用していますが、私にとっては
本当に驚愕の事実でした。

天皇はふつう「スメラミコト」というそうですが、そのほかに「スメミマノミコト」ともいうそうです。
この「スメミマ」という言葉は「スメ」と「ミマ」でそれぞれ意味があるそうで、
「スメ」は「神聖な」、「ミマ」は「肉体」という意味だそうです。
つまり天皇をあらわす「スメミマノミコト」とは「神聖な肉体を持ったミコト」と言う意味になります。
これだけだと、天皇は単なる肉体的存在にしか過ぎません。
私も本書を読むまで天皇というのは、万世一系の唯の人くらいにしか思っていませんでした。

ですが、実は違うんです!!

天皇が真に天皇であるのは、このような神聖な肉体をもっているからではなくて、
その肉体の中に天皇霊が宿っているからです。神武天皇以来継承されてきた
天皇の御霊が内蔵されているからです。この天皇の御霊が万世一系なんだというわけです。
そういう点では、神武天皇の御霊も今上天皇の御霊も、まったく同一のものなのです。
つまり、その天皇の霊を継承する祭儀が即位式のときの大嘗祭であるというわけです。
あとから申しますが、大嘗祭は、古くは死んだ先帝といっしょに添い寝をして、
その肉体から天皇霊を自分の体に移して継承する。そして起き上がってから、
天照大神とともにその年にできた新穀で炊いたご飯を食べて高御座に昇る。
そこで即位式が完結する、という考え方です。
                 『仏教信仰の原点』 P64より


神武天皇以来の歴代の天皇霊を体に引き受けし神聖な体を持つシャーマン、これが天皇だったんだ!!!!
これじゃ戦前に天皇が「現人神」だっていっても、簡単に馬鹿にしたりはできませんよね。

そして、同じくらい衝撃的だったのが

大嘗祭とは、歴代の天皇の肉体をつぎつぎと通過してきた神武天皇以来の天皇霊を、
次代の天皇の体に付着させるための儀礼、すなわち天皇霊の付着ということが、
その最大の眼目であった。同様に新嘗祭にも、毎年暮れになると衰えてくる天皇の霊を
強化するという意味がこめられていた。
それがタマシズメの儀礼であった、というのが折口信夫さんの見方でした。
それにたいして、密教による翌年の正月の御七日御修法のばあいは、
明らかに外部から人間にとりつく邪霊や物の怪を排除するための儀礼として考えられていた。
いわば天皇の玉体を中心として、その内部霊を強化し、そして外部霊を駆除するという
対応の形式が、大嘗祭(新嘗祭)と御七日御修法によってつくり出されていたと
いえるのではないでしょうか。
                『仏教信仰の原点』 P81-82より

山本七平じゃないけど、日本には日本教しかなかったのね・・・。

ちょっと真面目に折口信夫、柳田國男、山折哲雄、山本七平を読まないと駄目みたいね。
なんか知ってはいけない日本の秘部をしってしまったかのような衝撃を受けました。



白の闇/ジョゼ・サラマーゴ

昨年11月に映画館で上映されていた作品に『ブラインドネス』という映画があります。
ストーリーに非常に興味があったので、映画館で観たいと思っていたのですが、
都合がつかず見逃していた作品です。

DVDになる前に原作でも読んでおこうか、とおもって購入したのが今回紹介する
ジョゼ・サラマーゴ著の『白の闇』です。著者はポルトガル人でノーベル文学賞の受賞者とのこと。
ちなみに、ポルトガル語による原題は『見えないことについての考察』だそうです。

作品自体は、現代社会の本質を浮き彫りにするような寓話的な話です。
この作品を読むと、我々が日々接しているシステムの本質が
一体どのようなものなのかが浮き上がってきます。

よくよく考えてみると、私たちは身の回りの現実を知るための情報を数多く持っているにもかかわらず、
その本質を一切見理解してはいないのではないでしょうか?

この作品では、世界中の人々が次々と失明していきます。
これまで見えていたものが、一切見えなくなるため社会は大混乱に陥ります。
始まりは車を運転していた男性。次がその男性を家まで送っていってあげたこそ泥。
男性が診察してもらった病院の関係者と、徐々に徐々に失明が感染していきます。

国は感染を最小限に抑えるべく、失明した人たちを精神病院に隔離します。
1日数回、食料の補給だけが行われる隔離された環境の中で、視力を奪われた人間たちは
どのような行動を起こすのか。

見えることが前提に作られている様々なシステムのなかに、見えない人たちが放り込まれたら
一体我々はどのように生活していけるのでしょうか?
視力に問題があるからと言って、人間の本質は変わるのでしょうか?

そこには、人間の集団が持つ「愛情」「勇気」「協力」といったポジティブな力のほかに
「権力」「支配」「欲望」といったネガティブな力が加わり地獄絵図のような世界が展開されます。

このあたり、著者は上手ですね。
寓話として、一般的に考えると起こり得ないシチュエーションを想定することで
我々が生きるにあたって所与として考えている環境や状況を浮き彫りにするわけですから。

ありえない状況を要請することにより、今我々の身の回りで起こっていることの
本質を浮かび上がらせるというのは小説にしかできないことですね。

久しぶりに小説というスタイルの持つパワーを感じることが出来た作品でした。

ちなみに、昨日、この作品を映画化した『ブラインドネス』を観ました。
原作を忠実に映画化した佳作だと思いました。

小説自体は本当に読むのが好きな人意外はお勧めしません。
文体が説明、会話、その他に分かれていなくて読みにくいです。
興味がある方はDVDを観れば十分です。

それから、本作のような小説のパワーを感じたい人は、
以下の作品もチェックしてみてはいかがでしょうか。













2009年4月6日月曜日

31歳

本日、31歳となりました。

振り返ればあっという間ですな・・・。

2009年4月5日日曜日

さよなら爺ちゃん

2009年4月2日の朝4時頃に、私が大好きだった爺ちゃんが亡くなった。
享年85歳。名を五十嵐忠一といい、山形県の県議会議員や市議会議員を
30年近く勤めた政治家である。ジジイのくせに私以上にその精神は若く
常に「若者の未来と老人の安心ために」どうのこうのと言って死ぬまで活動していた。
政治家を引退してからは、地元の生涯学習財団だとか、老人なんだか団体の会長なんかもやっていたようだ。
そういう活動と平行して、書道教室なんかも開いていた。
爺ちゃんは滅茶苦茶達筆だった。本人も書道が大好きだった。
週末は大抵、爺ちゃんの家には地元の小学生や中学生が溢れていた。
ちびっ子たちには五十嵐先生で通っていたようだ。
ちびっ子の様々な挑戦をさりげなく支え、結果のいかんを問わず、褒め、励ましていたらしい。

通夜の際、夜中にお忍びで有名な国会議員が手を合わせにやってきた。
帰られた後で、親戚一同から公には書けないような話を色々と聞いた。
やはり政治の世界は蛇の道なんだと思った。
蛇の道に足を踏み入れたものは決して後ろを振り返ってはいけないのだ。
毒を制すには毒しかない。一度、踏み入れた蛇の世界から抜けるということは、
ゼロに戻ることを意味しない。抜けた先はマイナスの悲しい世界のようだ・・・。
この年になって初めて教えてもらうことが出来た。
ちなみに、こういう話が聞ける一番大きなイベントは結婚式と葬式なんだそうだ・・・。
私の爺ちゃんが活動したフィールドは山形県であるが、
その政治スタイルは今の自民党に完璧に通じる。権力の規模が違うだけだ。
金属疲労でボロボロになったようなスタイルのような気がしたが、良くも悪くも
これが今の日本の政治の現状なんだなぁ、とぼんやり考えた。

政治の世界で1回の落選もなく、政治家であり続けた爺様だから、
色々と汚い世界も知っているのだろう・・・。

でも私にとっては単なる爺ちゃんである。
通夜の際、ろうそくの日が消えないよう番をしていたら、
お母さんと女の子がやってきた。
聞けば、爺ちゃんから6年間習字を習っていたようで、ことし中学生になったんだとか。
非常にお世話になったそうで、お礼を兼ねて手を合わせに来てくれたようだ。

今日が葬式だった。
さすが元政治家だけあって、普通の葬式では信じられないくらいの人数が葬式に参列していた。
電報をもらった人のリストを作る手伝いをしていて分かったのだが、ジジイどんだけ人脈広いんだよ、
と言いたくなる。国会議員、県議会議員、市議会議員、市長、社長、取締役・・・・。
あのチャゲ&飛鳥までが電報をくれた(これにはビックリ)。

葬式で、数名が弔辞を読んでくれたが、まぁ、はっきりいってお偉いさんの弔辞はどうでもよい。
形式ばった長い弔辞は聞いていて疲れた。
でも、最後に習字教室の生徒さんである小学生の男の子が弔辞を読んでくれた。
今週末の習字教室で先生に会えないのが寂しいですと、子供らしい弔辞だった。
これを聞いて私は始めて爺が帰ってこない人になってしまったんだと理解できた。

それに気づいたとき、抑えていた涙が一気に溢れてきた。

一人の男の子が、私が大好きだった爺ちゃんの姿を等身大で語ってくれ、
帰らぬ人になったことを教えてくれた。

さよなら爺ちゃん。
先に逝った最愛の婆ちゃんが待ってるはずだよ。
迷わず見つけて二人で、息子、娘、孫、ひ孫たちを見守っていて頂戴。

しばしの間お別れです。








2009年4月2日木曜日

<対話>のない社会/中島義道

昨日のエントリーで紹介した本の中には、
対話型のコミュニケーションが組織変革の鍵であるということが記されていました。
そして、その主張に対しては私も全面的に賛成します。

しかし、自分の組織や身の回りの関係を考えると、「対話」を促すのは一筋縄ではいかないことに気づきます。
ほんと、この「対話」というコミュニケーション手段は我々には曲者です。
なぜなのでしょうか?

昨日紹介した本には、「対話」という言葉が以下のように定義されています。

「対話」とは、「客観的事実」と「意味づけ」の関係に焦点を当てる
社会構成主義的な視点をもちつつ、相互理解を深めていくコミュニケーションの形態
                         『ダイアローグ ~対話する組織~』 P87より
上記の定義を参考にすると、対話をしていく時には、まず相手の考え、要はある事実を相手がどのように
意味づけしているのかをじっくり聴く。そして、相手の考えを尊重した上で、自分の物の見方や考え方をぶつけ、
物事に対する合意を取り付け、理解を深めていくのが重要であると。

だれでもこのようなアプローチを”文字として”読んで異を唱える人物はいないでしょう。
しかし、これを実際のビジネスの場に移して”実行する”と、なかなか上手くいきません。

こんな事例がありました・・・。

会社の中で改善活動を行おうという話になり、日頃の活動でできるところから改善が始まりました。
若手から幹部まで幅広いメンバーが参加し、和気藹々と改善について話し合い、アクションアイテムを掲げます。
しかし、よーーーくアクションアイテムを精査していくと、あがっているものの殆どは
私たちのミッション実現になんら貢献しないものばかりなのです。
要は、何のための改善なのかという基軸がないため、自分の周りの作業で各自が無駄と考えるものしか
アクションアイテムにあがってこないわけです。

話し合いの方向性に違和感を感じた私は、メンバーに対してこのように問いかけました。

「そもそも改善は、自分たちの本業のボトルネックを見つけ、それを解決するために
現状のムリ・ムダ・ムラを一つずつ取り除いていく作業ですよね?これまであがったアクションアイテムは、
これはこれで重要かもしれませんが、我々の本業やミッションと照らし合わせると視点がずれているような
印象をうけるのですが、皆さんはどのようなお考えで、アクションアイテムを提示されたのですか?」

軽蔑した発言でもなんでもないのですが、この発言によりその場の空気が凍りつきました(笑)。
あたかも「なんでお前、俺たちのやる気に水をかけるような発言をするんだ?」とでも言わんとする雰囲気でした。

この体験を思い出した時に、中原先生や長岡先生の提案する対話ベースのコミュニケーションは
はてさて日本の会社にうまく取り入れられるのだろうかと、ふと疑問がわきました。

そんな疑問を胸に、今回読み返したのが、
戦う哲学者である中島義道さんが書いた『<対話>のない社会』です。
※イントロ長すぎだな・・・

この本には、なぜ日本人が個人同士、正面から向き合うことを要請する<対話>を避けるのかが、
様々な事例をもとに解説されています。
著者の見解では、日本的思いやりや優しさこそが、<対話>を妨げているそうです。

この本に出てくる話を振り返ると、自分の所属する会社でも似たような光景を多々存在することに気づきました。
日本の組織風土に「対話」という文化を取り入れるには、それを取り入れるリーダークラスが
腹をくくって率先して対話を始めるしかないのだろうなぁ、とぼんやり考えてしまいました。

ちなみに、私が率いるチームは1年くらいかけて対話になじんで来た次第です。

2009年4月1日水曜日

ダイアローグ ~対話する組織~/中原淳・長岡健

いくつか前のエントリーでコミュニケーションにおいて相互理解のポイントになるのが
「対話」かもしれないという話を書きました。

今回は、その話に関連する書籍として『ダイアローグ ~対話する組織~』を読みました。
組織変革における「対話(ダイアローグ)」の重要性や可能性を、
社会構成主義の理論を下敷きにして丁寧にまとめています。
論旨明快、意味明瞭な好著です。

著者は、多くの日本企業が抱える問題の根底には
「組織内におけるコミュニケーションのあり方」が横たわっていると捉えています。
そして、このコミュニケーションの問題を上手く解決することで、
メンバー間の相互理解や情報共有、組織学習がよりいっそう高まるのではないかと。

私は教育屋の立場で大企業に丸4年所属(社会人歴は9年ですが)していますが、
上記の視点に全面的に賛同します。まさしくそのとおりといった感じです。

大抵、社内調査の一環としてアンケートをとってみると、どこも同じような結果になりますが、
同僚同士のコミュニケーションが取れているところは比較的多いのですが、
上司と部下という関係で十分なコミュニケーションが取れている会社は非常に少ないのが現状です。

で、上はうえ同士で「部下が何を考えているのかが分からない」と言い、下はした同士で
「上司の考えがよく分からない。俺の話を聞いてくれない」なんていっているのが現状なのではないでしょうか。

この本は、上記のような現状を打開するための鍵として「対話」の重要性を強調しています。
では、なぜ「対話」なのでしょうか?
これまで一般的に行われてきたであろう「論理的で分かりやすいプレゼン」や
最近流行の「ストーリーテリング」などの手法を用いたコミュニケーションでは十分ではないなのでしょうか?

この質問に対して著者は「不十分である」と答えます。
理由は、それらのコミュニケーション手法が基本的には「モノローグ」であるからです。

要は、自分が思っていることを一方的に伝えて終わりだからですね。
相手に対してどんなに分かりやすく伝えようが、結局は”思いの一方通行”なわけです。
よって、相手は頭で理解を示したとしても腹で理解できない、行動につながらないというわけです。
だから、対話によってお互いの信念を表出し合い、ぶつけ合い、合意形成を行って行かなければならない
というのがこの本の基本的なテーマです。

続きは、実際に本書を読むときのお楽しみとしておきます。

最後に、重要なメッセージを本書から抜粋して、このエントリーを終えます。

あなたは、大人に学べという
あなたは、大人に成長せよという
あなたは、大人に変容せよという
あなたは、お前は大人にダイアローグせよ、という

で、そういう「あなた」はどうなのだ?

あなたは学んでいるのか?
あなた自身は成長しようとしているのか?
あなた自身は変わろうとしているのか?
そして、あなたはダイアローグの中にいるのか?

この御時世、学びをやめたら転げ落ちていくだけです。
常にこの言葉を念頭に、日々前進していきたいと思います。