2009年3月27日金曜日

任天堂凄い

あるニュースサイトにWiiについての記事が載っていた。
記事によると、全世界でのWii出荷台数が発売2年4ヶ月で5000万台を突破したそうだ。
ニンテンドーDSは既に全世界に1億台も出荷されているらしい。

ほんと、こんな世界的大ヒットを出し続けることができる任天堂という会社は、偉大だとしか言いようがない。

任天堂のゲーム機と私の関係を振り返ると、「ファミコン」→「ディスクシステム」で私は終わってしまっている。
「スーパーファミコン」は私が中学生の時にたしか発売されたのだが、その頃は部活やらなにやらで
ゲーム熱が冷めてしまっていた。それ以降、社会人になるまでは任天堂のゲーム機には
全然触っていなかった。PCエンジンとかプレステ2とかは買って持っていたんだけど、
任天堂のゲーム機では遊ぶ気になれなかったんだよね。なんかつまらなそうなイメージが付きまとっていたせいで。
ほんと、一時はゲーム機市場がプレステ2一色になったような感じがして「任天堂大丈夫かな?」なんて
友達と話をしていたもんだ。

それが、DSとWiiのスーパーヒットであっという間に息を吹き返したのだからたいしたものだ。
もちろん、私も両方のゲーム機を持っている。どちらも本当に革新的な製品だと思う。

特にWiiはゲーム機で遊ぶ年齢層をものすごく広げたと思う。
こないだ、うちの奥さんの両親が姪っ子をつれて家に遊びに来たときなんかは、
家族みんなでWiiスポーツのボウリングに夢中になってた。
ほんと、家族で遊べるゲーム機だ。任天堂は凄い。

さきの記事を読みながらぼんやりと任天堂のことを考えていた。
単に数字だけを見るとWiiは「発売2年4ヶ月で5000万台も売れてしまうモンスター商品」となるんでしょう。
でも一体何が全世界の人たちに5000万台も買わせる理由になんだろうか?

色々な人が色んな分析をしていたりするんだけど、なんか詰まんない話ばっかりなんだよね。
あまりに理屈っぽいっていうか、結果を後から単に論理的にまとめただけというか・・・。
特に最近は、ほんと事象を論理的にまとめて判断しただけの考えって詰まんないと思うようになっている。
論理という名のもとに、潤沢な文脈の中に横たわっている情報を、綺麗さっぱり引っこ抜いてきちゃう。
そしてそれを綺麗にならべて説明してあげる。それはそれで分かりやすいんだけど、私の腹に落ちてこない。
なにかが足りないんだ。いや、もしかするとグタグダ理由を説明しすぎなのかもしれない。
自省をこめて書くけど、我々はある自称を理解しようとするために説明を求めすぎてんじゃないかな。
そしてその要望を満たそうと、説明できる力のある人が事象を分析し、論理だって説明してくれる。

最近、こういうアプローチがうっとうしくてしょうがない。
分析したり考えたりする前に、なんか、こう、もっと大事なものをどっかに忘れてきたような気がしてならない?
なんか本質に届いていないというか・・・。

そんな思いを秘めながら、今日会社で、らばQに紹介されている
Wiiの記事を見つけて涙が出そうになった。かなりジーンと来た。

任天堂でWiiを作った人たちは、戦略だのなんだのを考える前に、
ここに紹介されているような状況を作り出したかったんじゃないか?
自分たちの創意と工夫によって、みんなをびっくりさせたかったんじゃないか?
ゲーム機と人間の関係にパラダイムシフトをもたらし、
みんなで楽しめる人生の一瞬を届けたかったんじゃないか?

私は、任天堂の社長さんを含めWii開発に携わった人たちは、利益だとか、戦略だとかの前に
Wiiを使って新たなつながりを手に入れている人たちの顔を思い浮かべることが出来たんじゃないかと思う。
出来ていたと信じたい。

子供も大人も、体が不自由なひとも、老人でさえも楽しいひと時を過ごしてるんだから・・・

私もビジネスパーソンの端くれとして、買ってくれた人にこんな顔してもらえるサービスや商品を創ってみたい。





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