2009年3月24日火曜日

漢字/白川静

皆さん白川静という名前をご存知ですか?
今日は日本人、さらには漢字文化圏に生まれた人間には是非とも読んでおいてほしい
白川静先生の『漢字』をご紹介したいと思います。

私が白川静という名前を知ったのは、2008年の5月でした。
尊敬する松岡正剛さんのWebサイト『セイゴオちゃんねる』にて
松岡正剛がNHKの知るを楽しむに出演し白川静を語る、
という情報を得たのがきっかけでした。

さっそくNHKのテキストを買ってきて、番組を見ようとしたのですが、
番組をすべて見逃してしまいました。
がっかりしていたのですが、YouTubeで検索したら全番組がUpされており
全4回分を一気に拝見しました。番組だけでは情報が十分ではなく、
その時の印象は「本格的な学者さんだなぁ」というレベルで、
本気で凄いとはまだ分かりませんでした。

そこで、本でも読んでみるかと思い、白川さんの名が売れるきっかけとなった
『漢字』を購入しに本屋に行ってみるも、全然見つからず・・・。
何せ、この本、初版が1970年の4月25日ですから相当古い。
見つからなくて当然か、とあきらめていました。
しかし、いつもいく本屋の新書コーナーをぶらついていたら
なんと2008年5月7日付けで『漢字』の32刷が販売されているではありませんか!!

これぞとばかりに購入し、家に帰ってすぐ読み出しました。
結果、”しくじった”と思いましたねー。
大学時代に出会えなかっことを恨めしく思えるほどの衝撃的な本でした。
これまで色んな本を読んできたつもりですが、読んで全身が震えた本は
そう多くありません。ですが、これはまさに全身が震えた一冊です!!
なんと言えば良いのか分かりませんが、漢字文化圏で生活している
我々の思考、文化のルーツを解明する魔法の鍵を手に入れた気分になりました。
できれば漢字を覚えるのを嫌がっていた小学生の自分に、
この本で語られている内容を教えてあげたかった。
それが可能であったのなら、漢字が持っている豊潤な世界に
少しでも早く浸れたであろうに・・・。

この本には、本当に衝撃的な話が沢山載っている。
この本を知らずに日本人でいるのは勿体なさ過ぎると思います。

この本と邂逅をきっかけに、私は白川漢字学の学徒となることに決めました。
前回のボーナスでは白川先生の著作を集められるだけ集めました。
いま、少しずつその贅沢な世界を堪能しているところです。

Conさん、まだこのブログを読んでくださってますか?
白川静とまだ出会っていないのであれば、是非、書物の中で出会ってください。
日本文化に対するものの見方や考え方に良い意味で大きな影響を受けるはずです。


『漢字』より、いくつか私が衝撃を受けた点を抜粋しておきます。
神話は、このようにしてつねに現実と重なり合うがゆえに、そこには時間がなかった。
語り部たちのもつ伝承は、過去を語ることを目的とするものではなく、いま、
かくあることの根拠として、それを示すためのものであった。
しかし古代王朝が成立して、王の権威が現実の秩序の根拠となり、
おうが現実の秩序者としての地位を占めるようになると、事情は異なってくる。
王の権威は、もとより神の媒介者としてのそれであったとしても、
権威を築きあげるには、その根拠となるべき事実の証明であった。


文字はもと神と交渉し、神をあらわすためのものであった。
そしてそれは同時に、神の代位者である王の権威の確立を、助けるものであった。


神話にささえられていた王朝の権威が、
現実の王の神聖性の上にその比重を移したとき、文字が必要とされたのであった。

このように、権力者としての王がその権力の正当性を証明するための手段として
創られたのが”文字”だったわけです。

中国では、人間性の最も完成された状態を”聖”という。

神の声を聞きうるものを、聖とよんで尊んだのである。

そもそも古代中国の王の由来は神の声を聞ける人物だったんです。

王が神聖とされるのは、必ずしもその権力に由来するものではない。
権力は、その神聖性の結果として生まれたのである。
王の神聖性は、王が神と人との媒介者として、
いわばその通路であったことにもとづいている。

王は自然の秩序を人間の生活に適応させるために、
神につかえるものとして選ばれた。
未開社会では、王はしばしば山腹の小屋に孤独な生活をして、
神に祈りをつづけ、もし自然がその秩序を失って、
大旱や大雨がつづくと、神意にかなわぬものとして殺されたり、追放されたりした。

そう。古代の王というのは基本的にはシャーマンなんですね。
本書では、このような王が神の声を聞き、その呪力を、そして
神の影響力を留めておくために創られたものが漢字であるということを
徹底的に紹介してくれます。一つ一つの漢字にこめられた意味を解読しながら・・・。

特にサイの発見は感動です。普段我々が使っている漢字が
実は神との交信を行うための文字だったことが分かります。
えっ、サイって何だって?
それは本書を読んでのお楽しみです。




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