2009年3月21日土曜日

近況

皆さん、こんにちは。

私にとって3月は内省の季節のようです。
いろんな外的刺激によって、己の能力のヘボさを痛感させられられます。
自分の能力を冷静に棚卸すると、
お金をつけて売れるものが殆どない(ゼロでもないけど)ことに気づきます。
「大したことねーな、自分」とちょっとガッカリします。
もうすぐ31歳になるのに、このレベルかと思うと少々情けなくもあります。

もちろん、世の中の大半の人はお金をつけて売れる能力なんてありません。
組織に雇われ、与えられたタスクをこなすことすら満足に出来ず、
常にヒィヒィしながら、影で愚痴をこぼしたりするのが大半です。
私もこのレベルですが、周りを見回すと、
40代、50代のオッサンがこのレベルだったりもします。
そういう意味では、そんなに自分にがっかりする必要はないのかもしれません。

しかし、自分の気持ちに素直になろうとすればするほど
「こんなレベルでは絶対に終わりたくない」という気持ちが浮かび上がってきます。
私は、己の成長が止まった状態に甘んじていられるほど自分に寛容ではないようです。
良くも悪くも、シーシュポス的な人生観に染まっているからでしょう。
もちろん、一生懸命あがいてみたところで、常に良い結果が出るとは限りません。
しかし、自分は取るに足らない能力ながらも、使える武器を総動員して自分の運命と戦った、
という納得は得られるはずです。
要は、自分が対峙しなければならない世界を、自分のうちに引き受けることが出来るわけです。
翻弄される自分から、立ち向かう自分へと立ち位置を転換できます。
少なくても私は、自分の人生を後者の立ち位置に置き続けたいと思っています。

だってねー、自分が大した努力もせず翻弄されて、
それに対して呪詛している人ほど醜い人はいないですよ。

そうならないためにも、これまで以上に自分は成長しないとなぁと思う今日この頃です。
そもそも成長し続けるためには、いい悪いは別にして、
成長するために何かを犠牲にしなければなりません。
睡眠時間、遊びに使うお金、犠牲にするものは人それぞれです。
そして、そこまでして成長したいという自分の中の欲望というか業(ごう)に向き合う必要があります。
これに向き合わない努力は、往々にして醜悪なものとなりがちです。

成長の前に己の欲望を見つめよ
論理の前に己の欲望を見つめよ
戦略の前に己の欲望を見つめよ

すべてはここから始まるのかなぁ、なんて最近ぼんやり思っている次第です。




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