2008年11月21日金曜日

生産性向上の行き着く先

最近ちょっと怖くなった。

私の仕事は基本的にテクニカルインストラクターである。
システム開発を行うメンバーを対象に、業務分析だとか画面設計、
DB設計、プログラミングの仕方などを教えてお金を頂戴するわけだ。

ただ、数年前からテクニカルインストラクターの仕事を基本にしつつ、
よりシステム開発の現場に近いところで働くようになった。
理由は、私が教えた内容を教えられた人たちはプロジェクトにもどって
どう活かしているのかを、つまり教育の効果を確認したかったからだ。
※研修会社から、希望を出して親会社の開発プロジェクトに出向いているわけだが、
  当初1年の予定が、なんやかんやで4年たっても在籍しつづけている・・・・。

研修の現場から軸足を移してみて痛感したことがある。
一般的に研修のタイプというのは2タイプあるのだが、あるパターンの研修内容というのは
現場に戻ってもほとんど、学んだ知識は活用されずに終わるということだ。

そのタイプというのは、以下のとおり。
①単純な操作・知識教育(知識教育)
  →たとえばプログラムの書き方や文法、ツールの操作方法など
②分析方法や設計方法などの考え方を学ぶ教育(メタ知識教育)
  →いわゆるモノの見方、考え方、仕事の仕方など


教育を受けたあと、現場に戻って学習内容が活かされていない、もしくは活かされにくいタイプの
研修ってどっちだと思いますか?

あくまで私が見て感じた主観的な判断ですが、実は②のタイプなんですね。
たとえば、研修で効果的な分析・設計技法について何らかの知見を得たとしましょう。
自部門や自プロジェクトにもどるとどうなるかというと、そこには伝統的な部門やプロジェクトごとの
作業標準というのがあるわけだ。そうするとどうなるかというと、多大な労力かけて
現状の作業標準を見直す、見直そうという動きが組織的に行われない限り、
研修を受けた人間は、「研修で学んだ机上の空論なんていいから、現行の方法に精通しろ」と
上司に指摘されて日に日に学んだ内容を現実へ適用しようなんていう気がなくなっていくわけだ。
そりゃ、誰だって経済合理性をもってますから、わざわざ上司に楯突いてまで
何かを変えようなんて考えないよね。よっぽど自分のキャリアを掛けてまで打ち込めるモノであれば
別だろうけど・・・。
組織学習の理論に、学習の正統性という考え方があるみたいなんだけど、
それによると従業員が学習したとみなされるのは、その組織や部門にとって
「正しい行為(現状の組織や部門を継続させるという意味で)や考え方」を個人が身につけた時だけ
学習したとみなされるということらしい。
つまり、極端な話、組織や部門の長が、自分たちのミッションを
「これまでの自分たちの否定」とでもしない限り、現状のやり方なんてそう簡単に
変わらないということだ。

まず、この現実を最近いやというほど見せ付けられて怖くなった。
※もちろん中には習った内容より現場のやり方の法が効果的だったりするものもあるので
  先の上司の発言は常に問題があるとは限らない。


次に、先ほどの話の延長。
個人の作業について最近、生産性向上なんてよく言われるよね。

だけどほんとに企業は部門、個人(従業員)の生産性向上に取り組んでいるのだろうか?と
最近疑問に思うようなことがあった。
というのも、仮に企業が従業員の生産性向上を宣言して、思惑通りに生産性が
2倍とかになったとしよう。そうすると今までの仕事量が半分の時間やコストでできるということだから、
何割かの従業員は仕事がなくなったり、減ったりするんだよね。
企業のシステム開発なんていうジャンルに足突っ込んでるために、この辺は最近特に思うんだけど、
はっきり行って企業システムを作るときに、現状の人減らしと仕事減らしを考えないで
システムつくったところで、経営に貢献するシステムなんて本当にできるのかということだ。

友人のシステムエンジニアに聞いたことがある。
ある企業へシステム開発の提案をし、現行のバッチシステムを全廃して、
すべてリアルタイムのオンライン処理にしては?と提案したところ
「今いる、オペレータの仕事がなくなるからバッチの全廃はできない」とのことだそうだ。

だよねー。
例えば、オペレータの仕事は来期のシステム導入で不要になるので、
君たちは来期から営業にいってくれ、なんてできないよね。
仮にできたとしても、全員が営業で仕事できるようなタイプの人で
かつ高度なコミュニケーションスキルを持っているわけでもないし・・・。

資本主義における企業というのは本質としては、何らかの機能目的を達成するために
組織化された機能共同体だよね。目的を達成する機能足り得ない人材は「はいサヨナラ」と
切捨てられてもおかしくはない。現に、アメリカなんかはそうやって業績不振になると
従業員の2割とかがリストラされたりする。

それに対して日本の企業ではリストラなんてそう簡単にはできない。
改善・革新をうたって現状の業務を見直そうにも、革新の結果、不要になった業務やプロセスに
所属する人たちのために、必ずしもビジネスに貢献するとは限らない別の仕事が作られたりする。

今の日本の大企業の経営者層の人たちは、従業員の生産性向上と
業務の最適化、従業員の適正配置とかをどのように考えているんだろう?
※もちろん個々に意見は違うんだろうけど・・・。

一部の超優秀な従業員以外は、必要に応じて
人員調整が可能な派遣(言葉適切か?)社員にしたいというのが本音だったりすんのかね?

もしくは、いくところまでいってどうしても正規従業員を抱えれなくなったら欧米みたいに
リストラとかすんのかね?

不況になると雇用の安定という話が必ず出るが、そこも資本主義の原則と矛盾というか
葛藤が起きるポイントだよね・・・。

企業はその原則として、市場環境に応じて、人を減らしてスリム化したりしたい。
雇用される側としては、収入源としての職を確保したい。

今の世の中、欲しいものが大体足りてる時代だから、よっぽど消費者の欲望を喚起するような
ビジネスでも考えないことには企業はその雇用を大幅に増やすなんてありえないと思うし。
企業が本当にほしい人材は真に創造的で自立的な人材だろうけど、需要と供給が
マッチするわけでもなく・・・。

いままでこの手の話は雑誌とか読んでも他人事だったけど、
身近な問題であることが認識できた途端、気分が暗くなってきた。

・・・それにしてもいつもながら何も構成考えず、書き散らかすとまとまりも何にもなくて
めちゃくちゃな内容だなこれは・・・。

ちゃんとした文章書くと、それなりに他人からも評価されるような文章かけんだけどなぁ・・・。

ま、いいや。

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