2008年10月14日火曜日

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』を読んだ

皆さんこんにちは。如何がお過ごしでしたでしょうか?

さて、久しぶりとなる今回のエントリーではこの3連休の全ての時間を使って読破した、
ドストエフスキーが人類に対して放った思想爆弾である『カラマーゾフの兄弟』について
簡単な思い出話をしようと思います。

私は大学受験が終わってから社会人になるまでの間に死ぬほど本を読みました。
あの頃は受験勉強という人生におけるある意味くだらない時期からの開放感も手伝い、
貪るように読んでいました。
1日1冊は当たり前で、多いときは1日3冊くらい平気で読んでいましたので、
年500冊は下らないと思います。バイトで稼いだ月10万近い小遣いが
全てCDと本とガソリン代に消えるという破滅的な大学時代でした。
※絶対相性が合うわけない女性に片思いをしてため息もついてました。なぁ空蝉くんよ・・・。

社会人に出る前に何としても自分の脳みそに学問全体の知的パースペクティブを
構築したくてジャンル問わずに読んでいたわけです。

そんな読書三昧の日々において、唯一挫折したのがドストエフスキーです。
中でも「これを読まなきゃ、文学は語れない」と思っていた『カラマーゾフの兄弟』については、
新潮文庫で全巻購入したにもかかわらず、その訳の堅苦しいところにヤラレ、
上巻の3分の1を3ヶ月かけて読み、ついに降参してしまった次第でした。

何というのでしょうか、ロシア文学は翻訳で読むとすべからく訳調が堅苦しく、
登場人物の台詞が田舎くさいためになかなか感情移入が出来ず、読み続けられなかったんですね。

トルストイとかは意外と読めたんですが、ドストエフスキーだけは駄目でした・・・。
社会人になってリベンジと思い『罪と罰』は完読したのですが、これは拷問に近かった・・・。
「主人公の罪と罰なんか同でもいいから、さっさと話終われ・・・」という思いが先にたち、
読むことは読めましたが何にも残らない有様でした。

でも、『カラマーゾフの兄弟』、これだけは何としてでも完読しなきゃ駄目だと思っていました。
数回前のエントリーで私と聖書の関係について触れましたが、キリスト文化圏で
人生の数年を過ごした自分が自分に課した課題だったわけです。
「ドストさんよ、あんたは人類にどんだけの思想爆弾を突きつけたのかね?
果たしてそれは21世紀の人類にも威力を及ぼすのかね?」と。

はっきりいってこの小説だけは、私と、今はなき文豪ドストエフスキーとの真剣勝負だったわけです。


そんなことを思ってたところに、新訳で発売された以下の『カラマーゾフの兄弟』が目に入ったので、
今度こそ勝負!!と思い、即全巻購入し、この3連休、飯と風呂以外の全ての時間を注いで
ドストエフスキーと真剣勝負をしました。
















正確に言うと、完読には今日まで掛かってしまいましたが、この勝負、ドストさんの勝ちです。
それも大勝利・・・。
読み手である私は、ドストさんの思想爆弾の前に木っ端微塵に砕け散りました・・・。

読み終えて、その感想を書く気になれないほどやられました。
読んでいて悲鳴をあげたくなったのは久しぶりです。本当に素晴らしいよ、この小説は。

大審問官のくだりは戦慄を覚えたほどです。
優れた小説は下手な心理学より切れる。ドストさんの描く人物描写や、一つ一つの言葉が、
時を越えて尚、我々の心に届くのです。そして、我々を切り刻みもします。

ドストさん、あんた凄いよ・・・。
チンケナ私ではありますが、現時点での私の読書人生最高の文豪という
称号を捧げたいと思います。

21世紀の私から19世紀の貴方へ、世紀を超えて最大の賛辞を贈る!!

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