2008年10月7日火曜日

小飼弾さんの『弾言』を読んだ

先日、電車での通勤時間で簡単に読めるものをと思い、
日本を代表するαブロガー、小飼弾さんの『弾言』を買いました。

弾さんの考えは、日々、そのブログ404 Blog Not Found を通して拝見しているので、
さして目新しい話は書いてありませんでしたが、非常に面白い本です。

読後に改めて思いましたが、学歴に関係なく大量に本を読み、色々な経験をし、
その経験を振り返って言葉に出来る人というのは賢いということです。
うん。弾さんは賢いよ。本質をつかんでそれを上手い比喩で例える力に長けていると思いました。
※これは勝間さんにも言えることです。

本当にこれからは、日々読書を行い、人一倍考え、知的生産物を生み続ける人しか
生き残れないと思います。会社で色々な人に研修していて分かったことは、
コミュニケーション能力や思考能力(論理的な)などの仕事の基礎力と言うのは
その人の読書量と思考時間に比例していると言うことです。
これは講師経験約10年の私が保証(弾言)します。

以前、このブログでも取り上げましたが、元マイクロソフト日本の社長、
成毛眞さんが喝破するように「本を読まない人間はサル」なんだな、悲しいことに。
これは良い悪いじゃなくて、社会的な既成事実になりつつあるような気がします。

そんな考えを持っている私が、本書で感心した箇所を幾つか列挙します。

◆時間当たりいくらの仕事は、「モノ」的な仕事である。
 労働時間が長いにもかかわらず、それに見合った給料や快適な生活を得られていないと
 感じている人は、モノ扱いからヒト扱いされる仕事をしなければならない。

 →これはいいわるい抜きにして、もう既に雇用構造がそうなってしまっていると思います。
   弾さんや私、ましてや会社に文句言ったところで始まりません。
   自己防衛のためにも、自分に投資し、無駄な作業や時間の浪費となる自分の行動を
   棚卸しして、自分の好きなことや、自分の能力を高めることに金と時間をつぎ込むべきです。

◆貴族の義務を負うことになった平民。
  現代人の知的レベルは向上している。だから知恵の価値は暴落した。
  階級制度が崩壊した現代では、全員に貴族の義務が課せられているといってもいい。
  現代において、知識は「ないと困る」ものになり、バカであることが罪になってしまった。
 
  →知識社会とは知識ベースの社会といういみですから、畢竟、知識が価値を失う社会です。
   知っていても偉くはないけど、知らないと損、もしくは罪なんだよね。
   悲しいけれど、これも現実だと思います。
   で、これも悲しい現実だと思いますが、出来る人と言うのは貴方(そして私も)を顔や仕草、
   要は第一印象で判断するのです。ある程度の年齢になると、その人の品性や教養、
   知識レベルや思考力が全て顔に出るものなのだと最近ようやく分かってきました。
   
   これは入社して以来、私の尊敬する上司から耳にタコが出来るくらい聞かされました。
   30才を越えたら自分の顔に責任を持て、と。”教養は重くない”から、今のうちから
   色々読んだり経験したり、一流のものに触れて見識を養えと・・・。
     
   私ももう30歳、自分の顔に責任を持たなければならない歳になっちゃいました・・・。
   皆さんは大丈夫ですか?


俺ヤバイかも・・・なんて思った人は必読ですよ。


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