2008年9月1日月曜日

凡人が悔し泣きすることの傲慢さについて

大分前に書きかけたエントリーが、
ほったらかしになっていたので本日Upすることにしました。


グダグダ書くのも面倒なので結論から先に述べると
「(努力もしてない)凡人の悔し泣きは傲慢である」ということです。

私は「人材の育成」というのを職業にしている関係上、
色々な方の成長というシーンにお付き合いしてきました。
色々やって早8年。ここ2,3年は社会人の新入社員を面倒見る機会が増えました。

そんな中で気づいたことが1つあります。
男性も女性も私が思ったよりもずっと
容易く悔し泣きするという事です。

たとえば、何らかのドキュメントをレビューした際、
優しく幾つかの指摘をしただけで泣いたり(これは女性)、
お客様先プレゼンのリハーサルで、
話にならないプレゼンをした男性を「お客様にそれでは失礼だろ!!」
ってしかったら泣いたり(奴は準備を怠っていた)・・・。

相手が涙を流すと、こっちは正直ビックリします。
よくよく話を聞くと「自分の至らなさが情けなくて・・・」
といってウッウッ・・・といって泣いている。

はっきり言いますが、こういう類の涙はみっともないだけで、美しくありません。
なぜならこういう泣き方というのは自分に同情している泣き方だからです。

自分に対して同情という名のベクトルを向けて
涙を流す姿というのは本当にみっともないと思います。
ノルウェイの森にもありましたが、自分に同情することほど
悪臭が漂う行為は無いのではないでしょうか?

涙を流している自分を冷静に見つめたときに、
その自分は何かを成し遂げてきた自分なのかを
冷静に見つめなおして見るべきです。
上記のような悔し泣きをする輩は、何もやってないんだよ。
もしくはやったつもりになっているだけなんだよ。

こういう泣き方が許されるのはせいぜい高校生までだと思います。

まともな社会人であれば、悔し泣きなんてするな!!
自分に対して怒れ!!で、その駄目な自分を引き受けろ!!
んでもって、そんな自分をして先に進め!!!

それが、自分を指導してくれる人に対する最高の報いであると私は信じています。


自分への同情は退歩の始まりです。
北京オリンピックをみて、特にそう思いました。

0 件のコメント: